プログラミングの必修化

2020年度から小学校でのプログラミングが必修になるそうだ。
IT社会はソフトウェアが制す時代、それなりに納得はできる。
納得はできるが、ソフトウェアというくくりから考えると、
ちょっと物足りない。

ソフトウェア開発の上流工程(何をどう作るかの部分)は、
基本的には言語(プログラミング言語)にあまり依存しない。
何を作ろうとするか(要求定義)や仕様を決めた後に、
大まかな動作概要を決め(概要設計)、
そこから詳細設計を経て製造(コーディング)に移る。
乱暴な言い方をすれば、言語の知識が必要となるのは、
詳細設計以降の工程(下流工程)からだ。

人がしゃべる言葉(言語)に置き換えてみると良い。
英語が得意でない人は英語を喋れる人をすごいと思う。
英語が喋れるのはすごいことかもしれないが、
だからと言って人格が優れていたり仕事ができるかは別である。
それは英語が喋れることとはあまり関係ない。
もし関係あったら、アメリカ人やイギリス人など英語圏の人たちは、
全員すごい人になってしまう。

言語は(言葉でもプログラミング言語でも)ツールであって、
ツールを使って“やろうとすること”が大事である。
言葉であれば話す内容であり、
ソフトウェアであれば解決しようとすることやその仕様である。
そこを勘違いしないような教育にして欲しいと思う。

言語自体はもちろん大事だ。
話す方では、英語が自由に使えたらもっと世界は広がるだろうし、
ソフトウェア開発では、言語力は生産性や品質に直結する。
ただし、あくまでもツールだということを忘れないことだ。
どちらも大成しなかった私がうんちくを言うのは、
負け犬の遠吠えではあるが。

「この私、得意は日本語、アセンブラ」

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