時間をつぶす


人間が仮に100歳まで生きるとして一生で使える時間は、
単純計算では 24時間×365日×100年=87万6千時間となる。
だが稼働時間という意味では、
物心ついてから動けなくなるまでと考えると75年ぐらいか。
しかも寝る時間や食事、入浴などを考えると、
実質的には1日あたり12時間ぐらいしか有効時間はない。
そうなると32万8千時間に減ってしまう。

この与えられた時間はどう使おうが自由だ。
自由だが使った時間は返ってこない。
できるだけ無駄にはしたくないものだ。
そうは言っても無駄な時間の定義は人それぞれだし、
歳と共にも変わって行く。
残念ながら時間が貴重だと気がつくのは、
だいたいは歳をとり残りが少なくなってからというものだ。

私も若い時、有り余った(と思える)時間をどうつぶすか、
真剣に悩んだことも確かにあった。
パチンコで相当の時間(+お金も)をつぶしたりもした。
今思えばどれだけの無駄だったか後悔している。
お金では買えない大切なものだと今だからこそ思う。

昨今は時間をつぶすツールが氾濫しているように思えて残念だ。
無駄にできるのは若い時の特権にしても、
四六時中ゲームなどでつぶすのはどう考えてももったいない。
そういうツールを作ること自体が罪なことに思えるのだが…

「無理だろか、過去に戻って、やり直し」


決算

6月決算の我社、9期の決算報告を先週受けた。
具体的な数字を見るとやはり気が引き締まる。
8期からやや持ち直しのサインが出て、
9期もその傾向を維持できたことは良かった。

創業以来、傾向的には右肩上がりではあるが、
6期、7期は失速して前期割れしている。
それでも8期(2期前)からの事業転換がやや著についた形で、
売上だけとってみると前期は過去最高で着地した。
利益がついてこないのが大問題ではある。

今期はもう一段の事業転換を思い描く。
これまでの傾向を維持させれば利益もついてくるだろが、
ちょっとスピード感が物足りない。
もう一段の思い切った事業転換が必要だ。
したがって、利益へのこだわりはもう少し我慢かなと思う。

そうは言っても、早めに累損を解消したいのは山々だ。
10期突入を契機に大きく変わったと、
後から思えるような事業運営を心掛けたい。
前例や常識にはこだわらず、リスクを取り、仲間を大切に、
だけど地道に、歩んで行きたい。

「見たくない、見たくないけど、見にゃならぬ」



最初からもっと…




弱い自分、消極的な自分はたまに出るが、
何でもやってみるという基本的なスタンスは、
少しは定着しつつあると思う。
これ、何のことはない、
そうせざるを得ない立場になっちゃっただけだ。

要は置かれた現在の立場がそうさせているのだが、
やってみなければ何も進まない。
だからやらざるを得ないだけだ。
今思うと、この当たり前のことが、
大きな会社の組織の中では当たり前じゃなかった。
最初からこの姿勢でやっていたら、
もっといろいろなことができたんじゃないかと、
ちょっとだけ後悔する。

うん十年このスタンスで取り組んでいたら・・・
ただ、それが分かって実感した今だからこそ、
残りの人生で活かせるのも事実だ。
活かさない手はない。

失敗しても何しても、やってみないよりまし。
「失敗はやった人にだけ与えられるご褒美」のスタンスで、
何でもやってみようと思う。

「失敗が、ご褒美ならば、成功は???」


続けようと思う



先日、NICCO(日本国際民間協力会)の職員の方にお会いした。
時々お話しする機会があるが、今回で3~4回目ぐらいだ。
ピュアーな姿勢にはいつも感心させられる。

NICCOさんとのご縁は、東日本大震災の寄付を始めたところから。
微力ながら東日本復興を10年間は支援するという気で始め、
賛助会員になってからは5年、
個人ベースでやっていた時期を含めると、
7年ぐらいになるだろうか。

今後もできる限り長く続けたいと思う。
ただその後、熊本の地震もあり先日の豪雨災害もあり、
また日本だけではなく海外にも苦しむ人たちはたくさんいる。
限られた資金をどこに振り向けるかは、
現場を知っているNICCOさんに一任するのが良いだろうと、
完全に一任することにした。

我社がこのような活動を続ける理由は、大きく2つある。
ソーシャル事業の先取りとして、
考え方、やり方、ビジネス感覚の取り込み方等々、
勉強させてもらえるという意味。
もう一つは、(生意気だが)ノーブレスオブリージュ精神への共感。
苦しんでいる人より少しでも恵まれていると感じる限りは、
身の丈に合った支援を続けたい。

京都方面の立派な会社に交じって居心地は良くないが、
ある意味、我社の存在価値の一つと考える。
会社が続く限り、可能な限り、続けようと思う。

「気持ちしか、我社が誇れる、とりえ無し」


頑張れ東京都


東京オリンピックまであと2年を切った。
そう聞いて、私が最も関心を寄せるのは受動喫煙対策。
先般、成立した受動喫煙防止法、
成立したことは半歩前進だが、だいぶ骨抜きにされたらしい。
結果、半分以上の飲食店が規制対象外、路上も規制対象外、
受動喫煙が大きな問題なのに、全く持ってナンセンスだ。

“中小の飲食店の保護”とな?
本気でそう思っているのか聞きたい。
タバコの煙で苦しんでいる人たちにはどう説明するの?
子供を含むどれだけ多く人が、
煙害にさらされ続けることになることか。

骨抜きの陰には愛煙家与党議員、しかもジジイ連中だ。
(私自身ちょっと若めのジジイゆえ、この表現を許して頂きたい)
もちろん良いジジイもたくさん居るが、
始末の悪いジジイは早く退場して欲しい。
どこぞのどなたかが言った「こんな人たち」が、
国政の一翼を担っているわけだ。
ささやかな抵抗だが、私はタバコ吸う議員には投票しない。
若い人の喫煙率が下がっているそうなので、
議員も同じ傾向であることも期待したい。

そんな中、東京都の条例が一歩進んでいることに、
多少なりとも救われる思いだ。
是非先進的な役割を果たして、実績を作り国を動かして欲しい。

「いぶされて、燻製みたいに、なってまう」


AIは賢者か



「愚者は経験に学び、賢者 は歴史に学ぶ」と言う。
AIは過去のデータを元に答えを探る。
過去のデータは細切れであっても、歴史の集合には違いない。
AIは歴史に学んでいる。

異なる点はそのデータ(歴史)の数。
圧倒的多数の歴史の集約を参考にできる点だ。
これまでも歴史や過去の事例を参照することは多かったが、
人間の記憶や探す能力は所詮AI(コンピューター)にはかなわない。
テクノロジーが圧倒的多数のデータ分析を可能にした。
そう考えると、まさにAIは賢者だ。

ただ、過去のデータが無い場合は、
AIにはどのくらい力があるのだろう。
新しい分野を切り開いていくような場合、
類似データが有れば良いが無ければどうだろう。
まさかサイコロや乱数表を使うわけには行くまい。
人間とAIの知恵比べになるのだろうか。

そこまで考えた時、賢者は誰なのだろう。
過去のデータの活用はAIで、
類似データの無い新しい分野の開拓は人間?
そんなに簡単な棲み分けではないはずだ。
賢者は誰だろう。

「AIに、おもろい川柳、できるかな」


一区切りの10期目

6月が終わり7月、我社とうとう10期に入った。
9期の着地点は、税理士さんの決算集計を待たねばならないが、
おおよその見当はついている。
“悪いこと”は忘れて先を見据えようと思う。

とは言え、大きなところの反省はしておくことは大事だ。
細かいものはきりがないので省略だ。

・ダメ元ではダメ
 気を楽にする意味も有ったが、何かとダメ元と割り切り過ぎた。
 もっと貪欲であっても良かったかもしれない。
 ダメで元々とは、割り切っているようで逃げているのだ。

・人も仕事も生もの
 人材と仕事のマッチングを行うにあたり、
 人材はその営業状況、仕事は充足状況の最新状況を如何に把握するか、
 この課題が克服できなかった。
 旬な期間はほんの2~3日だが、最新情報が分かれば旬な期間は伸びる。

・アイデアのプロデュースにはプロデューサーが必要
 思いつきやアイデアを実行するにはプロデューサーが必要だ。
 みんな同じようなことを考えても、形にできるかどうかは
 プロデューサーに負うところが大きい。
 そういう目でもっと人材を探すべきだった。
 
良いこともいくつかあった。
年頭に決意した「出来るところから始めよう」は、意識して行動している。
派遣事業の更新ができ、派遣を継続できている。
友軍ならぬ友社が何社かできた。連携を深めたい。

10期が良い期でありますように!

「新たな期、会社よちよち、俺ヨボヨボ」

とるか、とれちゃうか




現在最先端と言われている分野というと、
AI、自動運転、VR/AR、ドローン等々、数え上げたらきりがない。
うちの会社でもこれらをビジネスに結びつけたいと思って、
あーでもないこーでもないともがいている。

IoTもその一つだ。
世の中にはデータ収集できるセンサーが溢れている。
スマホ、パソコン、販売機、POS端末、自動車と、
何でもデータ収集の端末やセンサーになる。
特殊なデータを集めるのでなければ、
今更新しくあちこちに設置する必要もない。

ところでこのデータ収集、
目的を持って収集するデータはそれとして、
目的以外にも自然にとれちゃうデータもある。
むしろこちらの方が膨大だ。

このとれちゃうデータ、集まっちゃうデータをどう利用するかが、
これからは非常に重要になるような気がする。
思いがけない面白い利用方法が見つかったり、
全く常識を越えた分析ができたりするんじゃないかと。
科学的な発明なども、偶然の発見や失敗から生まれることが多い。
データもまた然り、、、かな。

活用しても良いデータを選り分けてどう活用するか、
そこは知恵比べだ。
私じゃ無理なので、若い人の柔らかい頭を借りたい。

「我がデータ、せっかく取っても、価値はゼロ」


前株と後株



うちの会社は前株である。
私のイメージでは、大きな会社や重厚長大な会社は後ろ株。
実際、ベンチャーは前株が多いような。
拘ったわけではないが、ベンチャーっぽい前株とし、
株式会社クリーバルとした。

設立の際、ネーミングにはいろいろ悩んだ。
短く、言いやすく書きやすく、可愛くて、
しかも経営方針を端的に表せる名前を考えた。
更に、アルファベット&アイウエオ順で、
できるだけ早い方だが先頭にはならないよう、
“A”や“ア”で始まる言葉は避けた。
考えた末、クリーバル(CreVal:Create Value=価値を創造)
という社名を創った。

その想いを込めた社名を真っ先にアピールするには、
本当は後株が良いのかも知れない。
だが後株は大きな会社のイメージ。
ベンチャーをアピールしたい気持ちが勝った。

ということで、早く会社を大きくして、
その時は後株に変えようと思う。
言うことだけは大きいと、
(チコちゃんに)叱られそうだが。

「何事も、夢は大きく、気もでかく」



6月を乗り切る



サッカーワールドカップにいよいよ日本が登場する。
最悪期から上昇傾向が見られたパラグアイ戦、
何となく期待を持たせる状況にはなってきたが、
さて本番はどうか。

日本時間ではいずれの試合も遅い時間だが、
4年に一度の戦い、見なければなるまい。
とりあえず6月の3試合、体調を崩さないよう乗り切るしかない。
負けると体調ならぬ気分が落ち込むので、
何とか頑張って欲しいものだ。

7月は6月の結果次第だが、
日本が敗退したとて、すごいマッチアップが続くだろう。
サッカー好きの身としては寝不足が続くに違いない。
どうせ寝不足になるなら、
日本を応援して寝不足になりたいものだが。

今年から3年間はGWならぬGY(ゴールデンイヤー)。
来年はラグビー、再来年はオリンピックと続く。
幸いにも日本開催なので、
時差は無く寝不足の心配はなさそうだ。

「プレッシャー、感じず伸び伸び、プレーしろ」


成長しなければいけない?

ビジネスの世界に身を置く者の一人ではあるが、
経済成長って本当にしなければいけないのかと疑問に思う。
経済成長はGNPとかGDPの拡大を指すそうだが、
前者が国民総生産、後者が国内総生産らしい。
いずれにせよ国民全部でどのくらい生産が増えたかということだ。

そうだとしたら率直な疑問は、
人口が減るのになぜ拡大しなければいけないのかということ。
需要が減れば生産する量は減ってもいいんじゃないかと。
国際競争力維持のため(企業や産業が淘汰されないため)、
という理由もあるのかもしれないが、
それは別の指標で別の目標とすべきなように思う。

今の経済成長目標って、人間の欲望の投影になってないか。
生活水準は一度上げたら落とせないし、
物欲やら快適性やら楽しさやらと、
欲はキリがないのでどんどん上を目指したくなる。
それを経済成長と見ているとしたらちょっと寂しい。

欲が度を越して無駄となっている。
贅沢や無駄をなくしたら、
そもそも今の規模の経済ほどは必要ないんじゃないか。
食品ロスやら使い捨てやら過剰機能やら、
何かおかしい。

以前にデフレに対する疑問で触れたが、
イノベーションなどにより価格が下がったら、
それって経済を後退させることなの?
生産性が上がり、コストが下がり、値段が下がったら、
結果として数字的には経済が後退するの?
なんか変だよ。

本当に目指すべき数字や目標は、何か他にありそうだが。

「経済の、成長と共に、腹が出る」


最初から有ると


携帯やスマホの普及で生活環境がガラッと変わった。
いつでも個人に直接連絡が取れるし、
待ち合わせもめちゃめちゃ楽になった。
無かった時代から有る時代への変化の当事者だから、
便利になったことを実感する。

スマホ以外でも、今までに無かったものが発明されたり、
出来なかったことが出来るようになったりすると、
すごくありがたく感じる。
ところが最初からそういう環境に産まれた人間には、
有ることや出来ることが当たり前で既得権のようなものだ。
変化の当事者世代はしだいに少数派になり、
既得権世代はどんどん増えて行く。

規制や規則も同じこと。
規制を緩和することは、許可範囲が広がることだが、
やがて権利化する。
マナーにも当てはまる。
マナーは一般的には多少窮屈なものだ。
一旦容認(あるいは黙認)され始めると、
やがて容認が前提となり、どんどんマナーは廃れて行く。

マナーには背景や美学も有ると思うが、
世代が日々変わって行く以上、
個々のマナーが廃れていくのはやむを得ないかも知れない。
ならば、形ではなく心の部分でマナーを育てることはできないか。
マナーには“人に迷惑がかからないように”とか、
“人に嫌な思いをさせないように”という根柢の意味があるはず。
個々のマナーの良い悪いでなく、
この根柢の部分を、心に訴えることはできないだろうか。

自分の欲求がマナーに勝りそうになった時、
“他の人は嫌な思いをしないか”と一瞬でも考えられたら、
時々の文化に関わらず新しいマナーが生まれるかも知れない。

「ハチ公の、場所が分からず、ナビを見る」


小さなことに拘る



政治、行政のシステムが違うので単純比較はできないが、
日本と中国では新しいことへ取り組むスピード感が違うようだ。
日曜日のの新聞、
自動運転や無人店への取り組み状況が載っていた。

中国では2035年に自動運転の新都市を作るという。
その都市の中では自動車は全て自動運転になるそうだ。
一方の無人店、日本では実証実験段階の様だが、
中国では既にどんどん広がっているらしい。
先の技術への対応姿勢が何とも対照的だ。

事故もゼロではないだろうし、
お店で代金が足りないことも起こるだろう。
それでも多少の欠点には目をつぶり、
とにかくやってみるというのが中国のスタンス。
政治主導(党主導)だからできるのだとは思うが、
アメリカだって日本よりは遥かに動きは軽い。

日本は重箱のすみをつつくように細かいことにまで拘り、
慎重居士でなかなか始まらない。
石橋をたたいて渡らない(あるいは、石橋をたたいて割る)。
特区はどうなっちゃったんだ。
がんじがらめの規制に、風穴を開けるんじゃなかったのか。
これもモリ・カケの影響か。

国際間の競争が激しいこのご時世に、
あまりにも動きが重い国に根を下ろす会社は、
いつしか無くなってしまうだろう。
もっとも、事故の電車を、
ろくろく検証も終わらないうちに埋めちゃう国も、
それはそれでどうかと思うが。

「岩盤に、ドリル刃こぼれ、芯は折れ」


どうもありが※△#&〇♭%

お昼によくお世話になる職場の近くのコンビニ、
店員さんの大部分が外国人だ。
単なるレジ打ちだけでなく、
公共料金支払いや宅急便対応もこなす。
どこで学んだか、日本語は実務的には全く問題無い。

雇う方も雇われる方もたくましい。
必要に迫られると、人間、何とかするものである。
時々ぼろが出るのはご愛嬌。
前半はまともな日本語だが、後半が怪しいケースがちょこちょこ。
でも、意味は十分分かる。
「またのご来店を¢♯☆÷β∀▽≒」となることも。
気持ちは十分伝わる。

翻ってIT業界。
人材不足が叫ばれてかなり経つ。
仕事は有れど人がいない。
いや、日本人に限定しなければ人は居る。
その割にまだまだ外国人を使おうとする機運は強くない。
人口減少や少子化を考えると、もう時間の問題とは思うのだが。

うちの会社もダイバーシティポリシーを掲げており、
年齢、性別、国籍、LGBT、等々を個性として尊重している。
外国籍の受け入れはまだ経験無いが、
手続きや注意点等をよく勉強して、
できれば積極的に受け入れることを考えてみたい。
早く打って出れば一日の長は得られるはずだ。

「わたしには、%$□@~¥£、よくわかる」


楽しさより、やりがいかな



5月に入って今年初めてのゴルフラウンド、
例によって遅めの初打ちだ。
全く練習もしておらず、ぶっつけ本番だったが100切り。
まぁ上出来だ。
ちょっぴり息抜きになった。

無類のゴルフ好きの私、
本来ならゴルフ三昧と行きたいところだが、そうもいかない。
そもそもそういう気にもなれない。
残りの人生に、それほど長く余裕があるわけではないので、
ゴルフに多くの時間を捧げる気にはなれないのだ。

楽しさよりやりがい、というところか。
娯楽の時間を削っても、目的達成のために時間を使いたい。
何に人生をかけるかの価値観の問題なので、
人それぞれだしそれでよいと思う。
私にとってのやりがいは、
早く会社を大きくして社会貢献に寄与する姿を見ることだ。

とは言え、ゴルフは娯楽だけでなく、
健康維持や気晴らしや交流のためには意味あるスポーツ、
回数は少なくても続けたいと思う。
会社が軌道に乗り、その時にまだ動ける体力が残っていれば、
多少ゴルフの回数を増やしても良いと思う。
その頃はもはや100は切れないとは思うが。

「人生も、ゴルフも全て、運しだい」


第4の通信キャリア


楽天が自前の設備で移動通信サービスを始める。
イーモバイルが吸収されて以来、久しぶりの4社体制だ。
既存3社ががっちり固めているだけに、
苦戦すると言われている。

単純な通信サービスとして見た場合はそうかもしれない。
ただ、通信網を使った付加価値に、
ビジネスターゲットを置いているとすると、
ちょっと景色は違ってくる。
ネットショップやサービス事業を大々的に展開している会社が、
通信キャリアに参入してどうシナジーを出すかは、
非常に興味がある。

これに加えて見逃せないのが、
「全加入者がスマホ」の初めての事業者という点。
(ガラケーを売らなければだが)
サービスの均一化という観点では、
ガラケーが存在しないというのは大きな強みだ。
サービス事業とのシナジーの部分でポイントとなる。

楽天の本当の戦略は分からないので何とも言えないが、
ちょっとばかり移動通信に関わった当方としては、
以上の様な点に興味を持っている。
自分が乗り換えるかどうかは別だが。
それにしても、ここのところやけに“楽天市場”のスパムメールが多い。
楽天さん、キャリアなら何とかしてよ。

「楽天に、最初の期待は、スパム除去」


シニアに注文

以前のブログで、シニアが働く3条件に触れた。
自由な時間を認め、プライドを尊重し、
そこそこの報酬を保証、という3条件だった。
3条件を作業環境として提供するのであれば、
一つだけ注文をつけたいと最近思うようになった。

天に向かって唾する結果になることを恐れずに言うなら、
一生懸命さが伝わる姿勢が欲しいということ。
働く場面だけでなく、職を探す時からその姿勢が欲しい。
必死さでは言葉としてやや強すぎるので、
せめて逃げない一生懸命さが欲しい。

ともするとアルバイト感覚とか、
いつでも辞めることができるというような考えを抱きがちだが、
これはシニアが敬遠される大きな要素に思える。
ただでさえハンディある立場、
同僚にモラルダウンを与えてるようなことが有っては、
居場所は確保できない。

一方で、場数を経験してきた強みを背景に、
でーんと構えて動じないゆとりは求めたい。
安定感とでも言うべきか。
一生懸命さとゆとり、二律背反のようにも思えるが、
両立できる話だと思う。

シニアの応援団を自認する私だからこその注文だ。
シニアが本当に必要とされるための注文だ。
当社でも年齢不問で求人をかけているが、
そこはしっかり見させてもらっている。

「あらいやだ、ゆとり無いのは、俺だった」

梁山泊再び



7年前にも梁山泊の猛者らしき集まりは感じた。
しかし、時と共に交友の範囲も深さも変わってくる。
面白いもので、7年前と今ではガラッと入れ替わった。
やっていることが変わり、
やりたいことが明確になったこともあるだろう、
必要とする人材や興味を引く人材が変わってきたのだと思う。

何かにつけ、何をするにも、仲間が必要だ。
幸いにも周囲には、その仲間候補がちらほら。
数年の助走期間を経て見つけた仲間は、
たぶん意味のある仲間だろうと思う。
濃くて密な連携方法を具体的に考えたい。
人生行く先限りがある。悠長なことは言ってられない。
とにかく動こうと思う。

仲間づくりのジグソーパズル。
最後のピースどころか、空きだらけのジグソーパズルだが、
少しでも隙間を埋めないことには、
いつになっても完成しない。
もっと言えば、パズルを完成することが目的ではない。
パズルで何をするかだ。
決まった形にするのでなく、できた形で勝負したい。

「先急ぐ!、百八星など、待っとられん」

色が付いた


お金に色はないので、きれいなお金か汚いお金は分からない。
お金に色が付けられたらなぁと、よく思ったものだ。
“実質的に”という言葉を付け加えると、
ちょっと様子が異なってくる。
光明みたいなものが見えてくる。

グリーンエネルギー由来かどうか、
電気を選択できる時代に既になっている。
同じ電線からの供給なので、ミソもクソも一緒なはずだが、
使用料に見合って料金を払うという意味で、
実質的にグリーンエネルギーを選んで使用している。
電気に色が付いたと言える!

最近話題の仮想通貨。
この仮想通貨の世界ではもっと本格的だ。
お金に色を付けようというプロジェクトが始まっているそうだ。
カラードコインという技術らしい。
私にはちんぷんかんぷんなのだが、
ブロックチェーン上にデータを追加することで、
お金の由来を分かるようにする技術らしい。
お金に色が付いたと言える!

ブロックチェーンは多方面での活用が検討されていると聞く。
これにカラードコイン技術を付け加えれば、
いろいろなモノに実質的に色を付けられる。
かつて問題になった赤珊瑚も、
違法操業由来のものを規制できるのではと、ふと思った。

「気を付けて、色を付けては、別の意味」



好きなものより嫌いなもの


私の知人にハトが大嫌いな人がいる。
半径10メートル以内には、ハトがいて欲しくないそうだ。
一緒に並んで歩いていて、突然スッと歩く側を変える時がある。
ハトを見つけて私の影に隠れるためだ。
こちらは全く気がつかないのだが、
彼には10メートル先にたむろしているハトに気がつく。
自然と目に入ってくるようだ。

実は私はクモが大嫌いだ。
焼津の半次と一緒だ。(と言っても分からない人が多いだろうが)
ちっちゃな奴は大丈夫だが、
トイレ(昔の便所の方が雰囲気が合うが…)によく居る
あのでかいクモ(アシダカグモと言うそうだ)は、
未だに近寄れない。
どんなに切羽詰まっていても、
トイレに入る前に居ないことを必ず確認したものだ。

ハトやクモに限らず一般的に言えるのは、
人間、好きなものより嫌いなものや怖いものの方が、
気がつきやすいようだ。
好きなものは“あったら嬉しい”という程度、
嫌いなものは“ゾッとする”問題だ。
嫌いなものに対する忌避心、何かに応用できそうな気がする。

「食べ物は、好きなものしか、見ないけど」