こんなところで買ってたまるか



ギフト券が少し貯まってきたので、
東京駅に直結の老舗のデパートに寄った。
格式張った感じが好きでない私、
居心地は悪かったが我慢して目的の売り場へ。
あれこれ悩んで見定めた末に、
気持ちを動かされた一品に絞り、
店員にちょこっと質問した。

「耐水性はありますか?」
“お・も・て・な・し” は期待しないが、
普通の愛想よい応対ぐらいは期待できるだろう。
と思いきや、何か地雷を踏んだのか、
「ありませんよ、撥水だけですから‼」
以上、終了。
これ以上会話は続かなかった。
買う気にもならず、そそくさと引き揚げた。

店員の態度はいかにも横柄に感じられた。
そういうつもりではないかもしれないが、
客の立場の私には、横柄に感じた。
面倒くさそうな態度にも思えた。
デパートの苦戦が伝えられる昨今、
これでは、さもありなんと。

このデパートには立派な理念があるに違いない。
だが店員の態度には引き継がれてない。
「仏作って魂入れず」とはこういうことかと、
嫌な気持ちにはなったが、大変参考になった。

結局、通販で買うことにした。
ギフト券はそのまま持ち越しになった。

「デパートは、地下だけあれば、用は足り」

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続・奨学金



前回の続きになるが、私が助けられた奨学金は、
恩師から勧められた地元の企業が運営する奨学金だ。
有名な育英会の奨学金とは違い、
返済不要だったので先々の心配も無く本当に助かり、
世の中に神様は居るものだと感じた。

もう何十年も前のことだが、
私はこの恩は決して忘れてない。
この法人に対しても、
勧めて下さった恩師に対しても。
だが、恩師は残念ながら数年前に他界してしまい、
運営元の企業も今は存在しない。

ただ、いつか恩返しをと心に秘めている。
直接返せる相手は存在しないが、
何かの形で世の中への還元ができれば、
それが恩返しになるだろうと思っている。
時間はかかっても、必ずライフワークとして、
世の中に恩返しをしたいと思っている。
そのためにも、恩返しができる状況にならなければ。

「今がある、そのご恩に、報いねば」

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奨学金



奨学金の返済に苦しんでいる人が多いらしい。
制度がおかしいのか、
制度の運用がおかしいのか、
使う側がおかしいのか、
私にはよく分からない。

純粋に考えれば、
やり繰りが苦しい家庭の苦学生に、
何とか学びの場を提供してあげたいという仕組み。
共感できる。
だが問題は、あくまでも金銭の貸借契約であること。

結果的に債務が繰り延べになるだけで、
根本的な救済ではなかった。
借りた動機も様々だろうから対策も難しそうだ。
しかし放ってはおけないだろう。
再チャレンジを可能にする「奨労金」のようなシステムとか、
何とか対策に知恵を絞って欲しい。

私も奨学金に助けられた口だ。
返済不要だったので先々の心配も無く、
貧乏暮らしの我が家、どれだけ助かったことか。
このような奨学金が増えていけば良いと心から願う。

「徳政令、限定的に、今一度」

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いろいろ教えてもらった



竹村健一さんが少し前に亡くなった。
幅広い考え方ができる知識人だったと思う。
「日本の常識は世界の非常識」に代表されるように、
日本人の考え方を戒める発言が多かった一方で、
元気付ける発言も多かった。

日本の借金は今は1000兆円を超えているが、
300兆余りだったころから危機が叫ばれ、
日本の将来を悲観する論評が多かった。
竹村さんも当然批判はするが、一方で、
一日当たりのGDPを引き合いに日本の底力も合わせて説いた。

当時の年間GDPは300兆円を超えており、
日本人が真面目に一年間努力すれば返せる借金だと。
悲観するだけではなく自信をもって努力すべきだ、
というような解説だったかと記憶している。

私が特に影響を受けたことは2つ。
“ノーブレスオブリージュ”という言葉と、ものの見方だ。
この2つは、当ブログでも引用させていただいた。
前者は行動の規範やソーシャルビジネスへの想いに繋がり、
後者は、ものごとを別の角度から見てみる癖がつき、
ちょっと待てよと一呼吸置いて考える習慣に繋がっている。

もう少し竹村さんの見識に触れていたかった。

「だいたいやね~、政府財界、メッタ切り」

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交代可能マーク



ヘルプサインを表す手段として、
マタニティマークが良く知られている。
他にもヘルプマークはいろいろあるようだ。
善意のある人がさりげなく席を譲る場面にたまに遭遇する。
ある意味、社会が成熟してきている証とも言える。

ただ、マークを付けない人、付けたがらない人も居るみたいだ。
権利を主張しているような見方をされるのを嫌がるとか、
マタニティであることを自慢しているように見られるとか、
なんとなく気持ちは分かるような気がする。

そこで一計を案じることができないかと。
善意を提供する側が意思表示するマークはどうか。
例えば“交代可能マーク”というのはどうか。
実は善意を行動に移すにも勇気が要る。
声をかけるのが気恥ずかしい場合、そのマークで意思表示する。

求める側、提供する側が、
もっと自然にマッチングできれば一番良いが、
そうもいかない世の中、いろいろな工夫をどんどん試せばよい。
どんなことをやっても、批判は必ず出てくるだろうが、
少しでも機能するならやった方が良いと思う。

「始発待ち、座ったところへ、おばあちゃん」

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成長期に向かいたい



7月1日から11期がスタートした。
計画から遅れようが何しようが、まずは一区切りだ。
期は年齢で言ったら数えみたいなものだから、
満10年は今年の11月に迎えることになる。

とりあえず自分に「ご苦労さん」と言いたい。
次に、「まだまだだなっ」と。
考えてみれば今の業態を本格的に始めたのは2016年から。
なので、新生クリーバルは3年半と言えなくもない。
そうだとすれば、「よくやった」ともなる。
初期段階の終了を素直に喜びたい。

さて、ここからは成長期を目指さねばならないだろう。
どこまで目指すかはヒミツだけど、
成長したと実感できるぐらいが目標だ。
夢はでっかいから、実感できるには相当の成長が必要だ。
自分だけではできないので、みんなの力を借りるしかない。

今晩はささやかながら、キックオフのつもりだ。
成長した暁には、大々的にキックオフをやりたい。
みんなもそう思っているだろう。

「残念だ、柱の傷は、同じ位置」

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なぐり書きができない


スマホやタブレットがいつでも使える昨今、
ちょっとしたメモや覚書用に重宝している。
ToDoやブログネタの記憶には持ってこいで、
私はほぼ毎日お世話になっている。

ただどうしてもカバーできない用途がある。
一気にいろいろな考えが浮かんでくる時などのメモ、
これは紙切れになぐり書きしないと追いつかない。

スマホやタブレットに入力しようとすると、
入力スピードに比べ書きたいことの湧き出しが速く多くて、
最初の方の項目を入力しているうちに、
後の方の項目を忘れてしまう。
せっかくの湧き出し(アイデアなどが多い)が消えてしまうのだ。

入力の速い女子たちも、
なぐり書きには勝てないだろう。
なぐり書きはちゃんとした言葉でなくいい加減で良い。
後でゆっくりまともな言葉に直せば良いのだ。
思い出せるように書き留めれば良い。
これがなぐり書きだ。
紙と鉛筆はすごい。人類最大の発明だ!

「なんだこれ、なんて書いたか、読めないよ」


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文才は女性?



直木賞候補が全員女性だとか。
芥川賞候補も女性の方が多いらしい。
文才もなく読書量も多くない私にはよく分からないが、
オトコの一人として何となく寂しい。

文学の世界はよく分からないが、
私が好きなコラムやエッセイの世界では、
女性の文章は非常に分かりやすい。
文章が分かりやすいからか、
その視点や感性に感心させられることが多い。
すなわち理解しやすい

文学作品でもスッと読める本と、
難解で同じ行を何度も行き来する本がある。
直木賞の対象は大衆小説らしいので、
分かりやすい方が有利のような気がする。
そうだとしたら、女性が有利なのかもしれない。

話題が飛ぶがついでに一言、
文学と言えば、ボブ・ディランがノーベル賞をとる時代、
ブログにも何か賞ができないかな。
一つ一つでは短すぎるので継続的なブログ群でも良い。
賞が欲しいわけではないが、ちょっとは励みになる。

「ブログでも、続けりゃそのうち、何か有る!?」


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プログラミングの必修化

2020年度から小学校でのプログラミングが必修になるそうだ。
IT社会はソフトウェアが制す時代、それなりに納得はできる。
納得はできるが、ソフトウェアというくくりから考えると、
ちょっと物足りない。

ソフトウェア開発の上流工程(何をどう作るかの部分)は、
基本的には言語(プログラミング言語)にあまり依存しない。
何を作ろうとするか(要求定義)や仕様を決めた後に、
大まかな動作概要を決め(概要設計)、
そこから詳細設計を経て製造(コーディング)に移る。
乱暴な言い方をすれば、言語の知識が必要となるのは、
詳細設計以降の工程(下流工程)からだ。

人がしゃべる言葉(言語)に置き換えてみると良い。
英語が得意でない人は英語を喋れる人をすごいと思う。
英語が喋れるのはすごいことかもしれないが、
だからと言って人格が優れていたり仕事ができるかは別である。
それは英語が喋れることとはあまり関係ない。
もし関係あったら、アメリカ人やイギリス人など英語圏の人たちは、
全員すごい人になってしまう。

言語は(言葉でもプログラミング言語でも)ツールであって、
ツールを使って“やろうとすること”が大事である。
言葉であれば話す内容であり、
ソフトウェアであれば解決しようとすることやその仕様である。
そこを勘違いしないような教育にして欲しいと思う。

言語自体はもちろん大事だ。
話す方では、英語が自由に使えたらもっと世界は広がるだろうし、
ソフトウェア開発では、言語力は生産性や品質に直結する。
ただし、あくまでもツールだということを忘れないことだ。
どちらも大成しなかった私がうんちくを言うのは、
負け犬の遠吠えではあるが。

「この私、得意は日本語、アセンブラ」

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突然の足止め


一昨日の土曜日、会社に用事があり、
大手町から日本橋方面に向かい永代通りを歩いていると、
突然交通規制に遭遇。
交差点の四隅に警察官が何人か詰め、
信号も赤になったまま変わる気配がない。

以前、何かのデモ行進に遭遇した際、
警官が信号機を操作し、長いデモの列が渡り終わるまで、
信号機を青にし続けたことを経験していたので、
今回も同じようなことかと思った。

それにしてはデモらしき列はどこにも見当たらない。
そうこうしているうちに右手の日比谷方面から、
白バイに先導された黒塗りの車が数台見えた。
んんっこれはと思っているうちに近づいてきて、
一瞬、中の女性(後部座席左側)が笑顔で手を振っているのが見えた。

もしや天皇ご夫妻!?
案の定、お昼のニュースで、
天皇夫妻が新幹線で名古屋を訪問されたことを伝えていた。
あの場面を振り返ると、
一瞬だったが確かに見えた皇后様の笑顔。
自然で非常に印象的な笑顔だった。

かつて辛い時期を過ごされたはずだが、
そこからは想像もできない自然な笑顔だった。
何かが吹っ切れたのかもしれない。
これからを期待させられる笑顔に一瞬でも出逢えたのは、
偶然の足止めとはいえ、何か良いことの前触れにも思える。
我社も辛いこと、大変なことは多いけど、
笑顔は忘れまいぞと。

「お妃の、笑顔に触れて、親近感」

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一喜一祝

「一喜一憂」に関しての記述は3度目になる。
今回はちょっと趣向を変えて「一喜一祝」。

会社経営をする限り、一喜一憂は永久に続くと観念した。
憂いが無くなってからなどと考えると、
喜ぶタイミングを逃してしまう。
それならば、いつ喜べばよいか。
良いことが有ったらすぐ喜んじゃえばよい。
これが、これまでの経験で学んだことだ。

喜ぶのは形にしなければ意味が無い。
形にできるのはお祝いだ。
会社としてのお祝いでも、自分でプチ祝いでも、
何でも祝った方が勝ちだ。
ある時点で「喜」なら、その時点で祝っちゃえばよい。

憂は考えないことにしようと一喜〇憂という言葉も考えたが、
憂の方が圧倒的に多いし考えないことは性格上無理だ。
ならば一喜一祝しかない。
喜んだ対象が結果としてポシャった場合、
それはそれでしょうがない。(良くあることだが…)
せっかっくの喜べるタイミングを大切にしたい。

「どうしよう、お祝い中に、憂報来た」

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コンテンツ画面刷新



当社運用サイトのぬくもりひろば。
2013年暮れに開設したこのサイトは、開設以来一貫して、
アバター付の画面でコンテンツを提供してきた。
これを連休明けに刷新し、
アバター無しのシンプルなコンテンツ画面に変更した。
いろいろな事情が重なってのことだ。
アバターが出ないので寂しいかなと心配したが、
意外と見やすく中身に集中できるようになった気がする。

今回の刷新で、費用面ではかなり低減が図れた。
メリットとして更に大きいのは、
コンテンツをアップする際の労力が大幅に軽減できることだ。
結果、時間と費用をコンテンツの追加に回しやすくなる。
アバターというサービスにこだわらなければ、
これだけメリットが得られるということだ。
コンテンツの中身にこだわれば良いと割り切った。

ぬくもりひろばはソーシャルサイトという扱いだ。
当社のビジネスには直接結びついてはいない。
しかし、役割はそれなりに果たしている(と思う)。
サイトの理念として、人の心に少しはゆとりを持ってもらう。
更に、運用会社としてのクリーバルのイメージに結びつけてもらう。
そして、ネットサービスの運用というものを、会社として経験する。

会社のイメージを持ってもらうという役割は、
特に大切にしたいと思う。
できれば協賛企業でも出てきてくれれば、
スポンサー代をコンテンツ拡充に再投資できるのだが。

「ミィちゃんは、アバターやめても、MCだよ」


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ベクトル合わせ



今月から新たなスタッフを迎えた。
エンジニアとしての豊富な経験を持つ2名、
将来の受託や自主開発に向けても期待は大きい。
価値観を共有できそうな良いメンバーの集まりだと思う。
一方で、多様性と言う意味では、
あまりに同質過ぎないことも重要かもしれない。
遠慮しないで意見や知恵を出してくれそうな感じで、
非常に頼もしく思っている。

まだまだ小さな所帯だが、
いろいろなことができる可能性は間違いなく広がった。
会社を形作る仲間になって欲しいという思いを伝えた。
それには、雇用という一方的な会社目線ではなく、
会社を好きになってもらわなければならない。
好きになる努力と好きになってもらう努力、
この双方の努力が欠かせない。

ここまでの会社の成長は、正直予定通りとは言えない状況、
当面は出稼ぎをお願いせざるを得ない。
ただ、個々にやることは違っていても、
大きな方向感=ベクトルは合わせられるはず。
ベクトルは合わせてもらうだけでなく、
私が合わさなければならない場面も多いと思う。
むしろ新しい分野ほど、社員や従業員の提案に対し、
社長が合わせることが必要かもしれない。

まずは情報の展開、常日頃の意識合わせ、意思決定の徹底、
そして、みんなで目標を共有したい。
ベクトルを合わせた上で、
会社の発展と共に事業の内容ややり方を変えていく。
それと共に、各自の役割も変わっていく。
そんな姿が描けたらと思っている。

「ピラミッド、早く底辺、広げなきゃ」


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さてどちらで書くか



令和になったが、まだ元号を書く場面が無い。
どちらで書くかと悩むかと思い、
ネットで「令」ともう一つを見ようとすると、
何と、「令」しか出てこない。
冷蔵庫の「冷」もこちらしか出てこない。
「ひとやね(?)にマ」と書く、よく馴染んだ“れい”が、
ネットで見る限り出てこないのだ。

いやー、びっくりした。今初めて気が付いた。
令和となったおかげで、一つの発見だ。
だとしたら、これからパソコンやスマホでは悩む必要はない。
悩むとすれば手書きの時だけだが、
“入力”か“筆記”かで違うのも何か変だ。
結局、「令和」と書くのだろうと思う。

ところで、令和発表の直前の3月下旬は、
文字予想でたいへんにぎわった。
私も1文字だけ予想し「和」が当たった。
本命ではなかったが、対抗として挙げたものだ。
祝電や祝メールをいただくことを期待したが、
残念ながら反応は皆無。
自分で自分を褒めてやるだけとなった。

「ツラユキが、万葉集に、ヤキモチか」

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嬉しいような嬉しくないような


長い長いゴールデンウィークに入った。
マスコミがやたらにぎやかなことを除けば、
昨日今日はいつもの土日とそう大して変わらない。
明日からがどういう感じになるのか。

今回はただ長いだけではない。
天皇の退位と即位というイベントが途中に入る。
少なくともこの2日間のテレビや新聞の対応は違うだろう。
それだけなら実質的な影響はほとんど無いかも知れないが、
生活に直結する巷の商業活動などがどうなるのか、
実際にこの日になってみないとわからない。

更に、その後の5日間がどうなるのか見当もつかない。
もし何らかの影響が出てくるとすれば、
この来週の後半辺りからかも知れない。
生活上、何も影響が出ないことを祈るばかりだ。

個人的に心配なのは株式市場が動かないこと。
僅かではあるが投資している身であるので、
この激動の時代に丸一週間以上市場が動かないのは、
大きな不安材料だ。まさに嬉しくない一面だ。

今までできなかったことをやるには良い機会で、
こちらは嬉しい一面だ。
でも終わってみれば何もできなかった、、、
とならないようにせねば。

「続くより、ばらける方が、うれしいね」

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困ること

夜遅めの時間が特にすごいのだが、
到着駅の階段を駆け下りるスピードがものすごい。
私も多少は急ぎたいが、足がおぼつかなくなるのが怖いので、
あまり急がないようにしている。

速い人は風林火山の風以上の疾風の如く、
ダーッと音を立てて行っちゃう感じだ。
中には2段3段飛びで降りて行く強者もいる。
いつか怪我するぞっと心の中で思っているが、
なかなかどうしてそうはならない。
むしろ、どうなるかを見ながら降りるこちらの方が、
足を踏み外しそうになったりして危なっかしい。

バスやタクシーのつなぎがある駅ではないのに、
なぜそんなに急ぐのだろうか。
ゆっくり降りている人をあまり見かけない。
ゆっくりしていると、急ぐ人の邪魔になりそうで、
申し訳なく思う心があるからか。
私も邪魔になりたくないし、のろまなヤツと思われたくない。
確かにそういう気持ちで急ぐこともある。

そのため、前を行く人がそこそこのスピードだと、
ついて行けば流れに乗っている感が有るので安心だ。
あまりゆっくりでなく、いい感じのスピードの人を探すのだが、
遅い時間はほとんどが“ダーッ”タイプだ。
「階段ぐらいゆっくりしましょうや」と思いながらも、
今夜も周りに合わせている私がいる。

「階段で、走る方向、下りのみ」


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スマホ決済

ペイ〇〇だの、〇〇ペイだのという、
決済サービスの普及が目覚ましい。
キャッシュレスの手段として便利なことこの上ない。
電子決済が当たり前になると、
当然現金は使わなくなるので持たなくなる。
現に最近の若者は現金を持たない人が多いと聞く。

便利過ぎるものへの怖さを考えてしまう私は、
もし使えなくなったらどうするんだと心配になる。
いろいろなことが原因になり得る。
大規模停電のような電力トラブルや災害、
黒点の活動も原因と成り得るそうだ。
あるいはコンピューターダウンやハッカー等のシステム側の問題、
いろいろな被害は電気・電子社会では経験しているはずだ。

何でも電子化は果たして良いのかどうか。
便利な状態が当たり前になり過ぎると、
いざ使えなくなった場合に大混乱になる。
使えなくなった場合にどうするかを担保する
セーフティネットが無いと、大変心配だ。

問題が起きることを前提とした対応の仕組みづくりか、
問題が起きないように、二重三重のバックアップ手段を
用意しておくかだ。
後者はコストの問題が大きいので、
人の知恵が活かせる前者が先だろうとは思う。

「何とかペイ、自慢じゃないが、未経験」


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ロボットを使いたい

テレノイドやオリヒメ(OriHime)、
人を助けるツールとして既に活躍し始めている。
いずれもロボットというカテゴリーのようだが、
全自動で勝手に動き回ってというものではなく、
人間のできない部分を補うのが役割だ。

テレノイドを知ったのはもう相当前だ。
介護の場での活用を想定しているという。
オバQを細く小さくしたような赤ん坊のような感じで、
カメラとマイクを搭載しているが自律的にはしゃべらない。
介護職員が遠隔でPCなどから話をする。
このロボットのすごいところは、操作する職員がロボットの中に
入り込んだような感覚になる(意識・感情注入?)ところだ。
要は離れた場所から親身に話し相手になってあげられる。

オリヒメは最近あちこちで取り上げられている。
こちらも遠隔操作タイプで、カメラやマイクに加え、
いくつかの簡単な動作ができるようになっており表現力に富む。
台車に載せれば動くこともできるので、用途もわりと自由度がある。
実際に体の不自由な人や外出ができない人が、
在宅で仕事をする手段として活用しているということだ。

私はオリヒメは当然すごいと思うが、
テレノイドの考え方にすごく感心した。
意識・感情注入ができるという感覚が、ストンと腑に落ちた。
ただ、何かに使えるはずだと思いつつも、
今の仕事の周りには残念ながらまだ見つかってない。

一方のオリヒメ。
これは人材活用のツールとして使ってみたいと思う。
これを使えば、“外出しずらい”というハンディを克服できる。
我社の範疇ならSEの分身などに適している。
SEはお客さんと話して、要望を聞き出して、一緒に考え、
提案できる力が必要だ。
オリヒメならほとんどハンディにはならないはずだ。
そういうことができる人たちに活躍の場を与えてあげたい。

テレノイドもオリヒメも、人がワープできる手段、
なんと素晴らしいことか。

「ワープする、手段手にすりゃ、バリア無し」


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新元号


改元を控えて世間が何やら騒がしい。
4月1日の新元号発表の前に、予想を試みる向きがあちこちに。
特にネット内がすごいらしい。
毎日使っているものが突然変わるのだから、
確かに気にはなる。

平成の時は最初は多少違和感が有ったが、
比較的早く馴染んだ気がする。
昭和は想像でしかないが、
その前の大正に比べ字が難しく、
馴染むのに時間がかかったのではないかと思う。

万一の期待を込めて、ここは予想しない手はない。
とは言え、2文字が当たることはまずあり得ない。
期待を込めて1文字を挙げてみるとする。
私は以下の3つが頭に浮かぶ。
「立」、「和」、そして「昌」。
本命が「立」、対抗が「和」、「昌」は大穴だ。
当たらなければ意味がないので、理由は置いておく。

この予想、当たってどうなるわけではないが、
もし当たったら、ちょっとした自慢ぐらいはできるかも。
しかも有効期限は相当に長そうだ。
新しい元号と共に、我社は11期に入って行くことになる。

「改元と、遭遇するのは、(さすがに)最後かな?」


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目の付けどころ



今回は雑誌からの話題。
メルカリが途上国を狙っているという。
キーワードはスマホとのこと。

パソコンとスマホの関係を遡ると、
技術の発展と共に使うものも進化してきた歴史がある。
パソコンはスタンドアローンから始まり、
ネットで繋がることで価値が飛躍的に増した。
移動通信が普及すると共に、
モバイルパソコンの需要が高まり小型軽量化が進んだ。
ところがスマホの登場で状況が一変。
今やスマホにとって替わられようとしている。

徐々に発展してきた国は技術の普及も段階を踏む。、
しかし、このプロセスは途上国には当てはまらない。
途中が無いから一番便利なものに一気に行く。
通信環境は固定通信を飛ばしていきなり移動通信。
したがって、パソコンなんて持たずとも、
スマホがあれば良い。最初からスマホだ。
まさに後発のメリットだ。

メルカリは途上国のここに目をつけた。
通信手段、ネットアクセス手段がみんなスマホ、
スマホを入り口にしたサービスが絶対的に有利との見立てだ。
理屈は確かにその通りなので、あとは結果(業績)がどうでるかだ。
興味津々である。

「期待して、株買ったけど、塩漬けだ」

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