トリクルダウンって何だっけ?

報道によると、2018年11月以降は景気が下降していたそうだ。
誰ぞが盛んに言いはやしていたトリクルダウン、
結局実感できず仕舞いだったのではないか。
2014年の流行語大賞にノミネートされたこの言葉も、
もはや死語のようだ。

そもそもシャンパンの量が少なかったのか、
上段のグラスがデカ過ぎたのか、
途中で蒸発でもしたのか、
ぶち上げた政治家は総括してもらいたい。
滴り落ちた先は、自分達やお友達達のふところだけ、
なんて勘ぐってしまう。

政治家の報酬は税金だ。
政策には責任を持ち、総括する義務がある。
トリクルダウン以外にもいろいろぶち上げた。
これら全てをちゃんと総括して欲しい。
「責任を痛感」で終わりか?
いや、まだそれすら言ってないぞ。

言うだけ言い、流行らせるだけはやらせ、期待だけさせといて、
一言もないとは、そりゃないだろう。
一般大衆の一人としての素朴な感想だ。

「そうめんも、下流で待つと、水ばかり」

ポインターの使い方が気になる

プレゼンテーションの基本として学んだポインターの使い方。
私自身もいろいろな機会で経験してきた。
自分がうまいとは全然思わないが、
どうもニュースや天気予報での動かし方が気になる。

ポイントする先が定まらずイライラするケース。
説明と全然違うところを示すケース。
持ってるだけで動作が小さく、ほとんど使っていないケース。
などなど。

問題がありそうなところを考えてみると、
・視聴者の意識がポインター先に誘導されることに留意してない
・ポインターの差し示す場所を自分からの目線で決めている
・そもそもポインターの役割を意識してない
などが考えられる。

なので、改善するとすれば、
その1、説明している個所に静止させること
その2、プレゼンターと視聴者とで目線の角度が違うこと
その3、ポインターを使わない場面では視聴者の視野から隠すこと
などを意識することではないかと思う。

人に伝えることが使命なら、
伝えるツールもしっかり使いこなして欲しいなと思う。

「晴れという、ポインターの先は、雨マーク」

10年で500回になりました

2010年から始めたブログが今回で500回になった。
無事これ名馬なら良いのだが…
区切れが良いところで、
ブログのテーマ「目指せ社会起業家」に立ち返ってみたい。

我社は社会貢献事業を立ち上げることを大きな目標として起業した。
とは言え、なかなかどうして道は遠い。
現在はちょっと考えを変え、自分(の会社)で直接手掛けなくとも、
社会貢献事業に取り組んでいる人を支援したり協力したり、
背中を押してあげることから始めることを目指している。
考え方が変わったというより、実現手段は柔軟にということだ。

目標の実現手段の変化に伴い、
そこに至るアプローチ方法も異なってきている。
自社で事業を立ち上げるのであれば、会社の相応の体力が必要だが、
支援の立場に回るのであれば、そのやり方にもよるが、
身の丈に合った規模の支援ができるのではないか。
それなら、今からでもできることから始められるのではないかと。

世の中に役立つ活動を増やし仕組み化する。
この理念はブレることなく、途中のプロセスは柔軟にしようと思う。
今は大変な時期で、ご多分に漏れず我社もピンチだ。
ピンチだがチャンス、前向きに捉え楽しむぐらいの余裕を持ちたい。
もちろんしっかりとした戦略は欠かせない。
会社を存続&拡大させつつ、ブログも1000回を目指したい。

「ピンチピンチ、チャンスチャンス、ランランラン」

カラオケから遠ざかって

コロナのせいでカラオケに行けない。
去年の納会が最後なので、もう半年以上行ってない。
この先もまだまだ当分ダメだろう。
YouTubeで一人カラオケをしてみたところで、
味もそっけもない。
聞いている(フリでもよい)人が居てこそだ。

いつか行ける日を楽しみに、ちょっとカラオケ談義を。
カラオケでは、自分が歌い終わったとたん次の選曲に入る。
選曲で精一杯なので、人の歌を聞く余裕がない。
いや、余裕が有ったとしても聞く気が無い。
歌い終わったタイミングで愛想拍手をしておけば良い。
これがカラオケの掟だ。

それはそうとして、多少は大人になった立場でふと思う。
世代が入り混じったメンバーでカラオケに行けば、
自分の知らない最近の歌や守備範囲外の歌も聞ける。
が、ほとんど真面目に聞いた記憶がない。
そのくせ、最近の歌はわからないとぼやく自分がいる。

考えてみればカラオケの場は、レパートリーを増やすチャンスだ。
知ってる歌だけ歌って気持ち良くなっても進歩はない。
せっかくのチャンス、次の選曲はさっと終わらせ、
人の歌をできるだけ聞き、覚えようと思う。
今度行った時は頑張ってみたい。
忘れなければだが。

「そりゃないよ、続けて二曲、入れるヤツ」

お陰様で12期へ

我社、7月から12期に入った。
まずはお客様やパートナー会社の皆様に御礼を申し上げたい。
期の区切りに際しいつものように、
前期の振り返りと今期の抱負を簡単に触れたい。

①11期を振り返って
総括的には、残念ながら売上目標には届かずも、
そこそこの利益が残った。
これは特殊要因に依るものではあるが、
初めて賞与を少しばかり出すことで、
社員の頑張りにいささかでも報いることができた。

本業の伸び悩みの他は、
期待していた新領域への参入に失敗、
何件か新事業の可能性を追うもほぼ立ち消えなど。
いずれもコロナ禍が…と言いたいが、言い訳はしない。
一方で良いこともあった。
当社にとって初の“大型”受託を、曲がりなりにも完遂したこと。
また、新しいスタッフが加入し私を支えてくれていること。
我社の運営サイト「ぬくもりひろば」も、
彼女が面倒を見てくれている。

②12期に向けて
まずは何と言っても、届かなかった売上目標への再チャレンジだ。
それにはどうしても社員の増強が必要と思っており、
社員採用に本腰を入れたい。
社員が仕事に就けないリスクを減らすために、
事業の柱を1本でも2本でも増やす。
PATENT戦略もその一つ。無い知恵を絞って特許を出し続けたい。
10件出せば1件ぐらいはモノになるかも知れない。
前述の「ぬくもりひろば」も、形はともあれ何とか活かしたい。
近々リニューアル予定なのでご期待願いたい。

以上、今回は落ち無しで。

「走れども、走れど進まぬ、ぬかるみで」

働き者の店員さん

1)
とあるスーパーでの人間ウォッチ。
レジの数は少ない中で、いつも行列が長いレジがある。
働き者の感じの良い店員さんのレジだ。

2)
他のレジはと言えば、いささか動きの重いおばちゃんとか、
愛想の良くないおねえさんだったり。
これらレジ、すいていても人気がない。

3)
行列が長いレジの店員さんは、時間が空くと、
かごの片付けなど出来ることを探している。
休む間もなく何かしている。

4)
できることを探しているから、余計忙しくなる。
それでもスタイルを変えない働き者の店員さん、
見てて気持ちが良いからついつい並んでしまう。

今回、話題も手ごろだったので、
ちょっと前に実施を予告した「4コマブログ」をやってみた。
結構難しかった。
手ごろな話題の時に、たまにやってみようと思う。

「そうは言え、本音を言えば、さぼりたい」


黒塗り

節約を旨とする我社では考えられない。
国会や公開資料請求で出てくる資料のあの黒塗りだ。
のり弁当より黒い!
トナー代は全て税金と思うと、バカヤローと言いたくなる。
役所連中は法律に従っている気なのか忖度なのか、
どうしても隠すならもっと工夫しろと言いたい。
もしかして、トナー業者と癒着かとも勘繰りたくなる。

例えば白塗りにしてみたらどうか。
紙の地色なのでトナーは使われないだろう。
どうせPDFに黒塗りしてるのだろうから、
白塗りだってできるはずだ。
少しは頭を使って欲しい。
もっとも白塗りだと、どこを消したか分からないので、
別な批判が出そうではあるが。

要は、何も考えず、節約意識も持たず、
税金を無駄遣いするのはやめて欲しい。
自分達で稼いだカネではないので感覚は麻痺してるのだろうか。
うちの会社だったら説教ものだ(お仕置きはしないが)。

そもそも何でもかんでも秘密というのがおかしいが、
まずはトナー節約モードで!

「おい役所、節約モードで、印刷しろ」

テレワークの評価

Web会議システムの使用機会が増えてきた。
仕事だけでなくオンライン集会などでも活用している。
テレワークにはこういうツールの助けが欠かせないとは言え、
テレワーク自体は定着しそうという感想だ。

最初はふわふわした感じで、
休みの日にパソコンを開くような感じだった。
だが慣れてくると、結構集中してできる。
いつまでもふわふわしててもしょうがないので、
ちょっと真面目にやってみるかという感じでやり始め、
やがて慣れてきたというところか。

ちまたの評価とほぼ同じかもしれないが、
私が使ってみての感想は以下の通り。

1.良いところ
・時空を超える(ちょっと大げさだが、Web会議の威力)
・マイペースを保てる(その分、集中か怠けるかは紙一重!)
・寝坊しても分からない(究極のフレックスタイム)
・朝ドラが(生で)見られる

2.悪いところ
・(Web会議は)自由に発言しにくく、特に同時はダメ
・(Web会議は)突っ込んだ議論や検討がしづらい
・ちょっとした相談がしづらい
・メリハリがつけにくい
・コーヒーの消費が増える
・運動が不足する

悪いところは最初の二つがポイント。
いずれもWeb会議の欠点なので、カギはWeb会議システムか。
ここをもう少しテクノロジーで改善すれば、
もっとテレワークが快適になりそうである。
オンライン居酒屋とかオンラインライブとか、
Web会議システムの活用が進んでいるので、
どんどん良くはなるだろう。

私もWeb会議でオンライン(ミニ)同窓会をやったが、
10年ぶりで旧友の元気な姿を見ることができた。
欠点どころかWeb会議システム様様だ。

「パワハラも、オンラインなら、怖くない」

目から入る雑談

耳から入る周囲の雑談は、せいぜい数メートル内。
最近は目からも、リアルタイムに日本中や世界中の雑談が入る。
もっとも世界中の方は、言葉が分かればだが。

耳からの雑談は聞こえてくるという受動のケースが多いが、
目からの雑談は見に行く能動のケースが多い。
特にネット上には"雑談"ぽいものが溢れている。
能動的に見に行く目からの雑談は、
それだけに嗜好が偏る可能性がある。
自身が共感する雑談を求めることが多い。
違う意見には、なんだこいつはと反感さえ覚える。
SNSの雑談はそれが極端なような気がする。

最近のテレワークが中心の生活の中で、
気が付くと興味がある話題や共感する意見を探しに行く自分がいる。
探し始めたらきりがなく探してしまう。
ネット社会とはこういうものだと改めて思う一方、
極端な意見程目につき、考え方が偏ってしまう危うさや怖さを感じる。
過激なものほど閲覧数が多く、上位に掲載されるためだろう。

更に悪いことに、
ネットの雑談には容易にリアクションできてしまう。
ツイッターのようなSNSでは一呼吸置かないで、
瞬間的に反応してしまう。
それも誤解しやすい短すぎる言葉で。
言葉が短い場合は舌っ足らずで真意が伝わらないから、
誤解が誤解を呼び収拾が付かないことになる。

おじさんが気を付けていることは、
反感を感じる雑談には一呼吸置き、
気持ちの良い雑談には一歩引いて受け止めることだ。

「わがブログ、一度炎上、してみたい」

切れることを前提に

ちょっと前まで3K(きつい、危険、きたない)だったような。
今は8Kだそうな、残りの5つはなんだろう?
冗談はともかく、移動通信の5Gや映像技術の8K等が、
夢を連れてきてくれそうだ。
8Kという高精細なので画像を実物大以上に鮮明に拡大でき、
5Gを使って遠隔対応が可能となると、
医療が一変するそうだ。期待したい。

ただし、通信回線、特に無線は、
切れる可能性があることを忘れてはならない。
あくまでも私の経験からの心配なので、
10年以上前の技術での懸念は、
5Gの時代では杞憂であることを願いたい。
だが、本質のところは変わらないんじゃないかと思う。
信頼性は向上したとしても、
通信が突然切れる可能性はゼロにはならない。

用途にも依るが、本当に大事な場面では、
2重3重の冗長性が必要ではないかと思う。
そのぐらいの信頼性を持たせるぐらいでないと、
命に関わる現場には使えないだろう。

もちろん医療をひとくくりにするのではなく、
ちょっとした発熱の診察のようなケースと、
遠隔での手術のようなケースとでは異なる。
信頼性が必要なのは、もちろん後者のようなケースだ。
ケースにより通信設定が選べるような仕組みを、
当然考えていると思うが。

「若者も、大人も無線も、キレちゃダメ」

マスク来た!

かのアベノマスクがやっと来た。
群馬に配布され始めたとのニュースが流れ、
妙な焦りを感じてた矢先だけに、
“都内”在住の面目を保った。

国会で火だるまになっているあの方の布マスク姿が、
似合っているとはお世辞にも思えず、
虫はついてないようだがどうも使う気になれない。
マスク着用のモデルが、
きれいな女優とかイケメンなら、
着けてみてもいいかなと思うだろうが。

もう市場でも手に入るようだし、
おしゃれな布マスクも流通しそうだし、
結局非常用にストックすることになりそうだ。
これをお蔵入りとも言う。

目的は違うが、乾燥期の喉の保護用に、
湿らせて着用して寝るには最適かもしれない。
転売さえしなければ、用途までは制限されないだろう。

「ピーク過ぎ、マスクの目的、なんだっけ」

今こそ役立てたいのだが

我社が運営しているソーシャルサイトがある。
“ぬくもりひろば”という絵本読み聞かせサイトだ。
外に出づらいこの時期には、本来ならうってつけのはずだが、
残念ながら、まだまだコンテンツの数が少ない。
子供から大人まで楽しんで頂きたいのだが、
子供にはまだしも、大人にはすぐ飽きられてしまいそうだ。

台所事情が苦しい中で、地道に少しずつ投資を続け、
そこそこのサイトにはなってきてはいると思う。
とは言え、資金が無ければ維持もコンテンツの拡充もできない。
持続性かつ発展性を考えると、
資金をどう調達するか真剣に考えないといけない。

サイトの性質上、視聴者に有料にするわけにはいかないが、
何か方法を考えないといけない。
スポンサーが付いてくれれば良いのだが、
それには見栄えやそれなりの閲覧数が無いと話にならない。
それにはサイトへの投資がもっと必要だ。
この堂々巡りが今も続く。

こういう日のためにこそ存在理由があるのだと、
改めて言い聞かせながら、
当面は身の丈に合った運営を続けるしかない。

“ぬくもりひろば”はこちらから:
http://nukumori-hiroba.net/

「ちょっと見て、ほっこりすれば、嬉しいね」


ここらでひと呼吸ということか

文明の進み方が激しく且つ際限なく、
環境破壊への警鐘にも反応が鈍い。
今回のコロナ禍、
ちょっと立ち止まって考えてみなさいということか。

温暖化ガスが急減しているという。
車が減り飛行機が飛ばず工場も停止すれば、さもありなん。
インドでは都市部からヒマラヤ山脈が見えたとは、
今日の日経の記事。

なるほど、世界同時強制停止状態だ。
こんな状態を作れるのはコロナのような存在だけだ。
トランプだって、プーチンだって、習近平だって、
誰もこんなことはできやしない。
強制的に「考える機会」を与えられたと言えなくもない。

もとの状態に戻すのに必死になるのは分かるが、
せっかくの機会であることも事実。
それぞれが自分の立場で立ち止まって考える機会にできれば、
それはそれで意味があるだろう。
これまでは何が悪く何が良かったか、
冷静な目で振り返ってみたいものだ。
少しでも改善した形で戻るなら大変嬉しいが。

「人類が、一皮むける、機会かも」


4コマブログってのはどうだ

子供のころ漫画をよく読んだ。
うちの父親が商売をやっていて、
古本を扱っていたことから、
身の回りに漫画本はいくらでもあった。
大人になってからはあまり漫画は読まなくなった。
例外は三丁目の夕日ぐらいか。

漫画の部類に入るのかどうか、
今でも4コマ漫画はよく見る。
簡潔だがストーリー性があって面白い。
メッセージ性があるものもある。
言葉が少ないので、読むというより見るに近い。

最近ふと思った。
ブログにこのコンセプトを活かせないか。
名付けて「4コマ ブログ」。
具体的なイメージがあるわけではない。
ただ何となくやってみたいと思った。

どんな形ができるか、
例えば2行×4段落とか。
非常に少ない文字数になるので頭は使うと思う。
長いブログよりはるかに難しそうだ。
面白そうなのでちょっと考えてみたい。
最後の川柳をどうするか、
これが最大の課題かも知れないが。

「コボちゃんとの、異種対決に、勝ちたいな」



頭が固いじゃすまされない

医療や教育の危機の中、規制や規則が邪魔になっている。
非常事態であるにもかかわらずだ。
平時と非常時とを同じ尺度で考えようとするところに無理はないのか。
根柢にある目的を考えて欲しい。

責任という問題も見え隠れする。
規則通り前例通りに判断すれば責任は問われない。
ここがそもそもおかしい。
規則を盾に規制を押し通した結果、本来の目的が遠のくようなら、
その判断の責任はだれが負う?

せっかくリモート授業を実施しても、
対面でなければ単位としては認められないらしい。
受けられない環境の子供への配慮?
教育機会の平等性か、なるほどもっともらしい。
では、ゆとり教育世代とそうでなかった世代はどうなる。
これは時間軸で考えたら平等になってない。

非常時でなくてもこうなんだから、
非常時には前例にとらわれず規則は変えればよい。
どこぞの内閣だってかってに“解釈”を変えてるし。
前例が無くても根本の目的に適うことなら、
やらない理由を考えるのではなく、
やるための方法を考えるべきである。

今回、事は深刻だ。
非常時の機動的行政が求められる。
規制や制度を盾に、目的が大きく損なわれるのは本末転倒。
何のための行政かを考え、
根柢の目的に少しでも近づける行政をして欲しい。
優秀な役人の皆さんの知恵をそういう方向に使って欲しい。
医療現場でのリモート診療はようやく始まったが、
これを期限限定などではなく平時でも当たり前にして欲しい。

「役人よ、頭固けりゃ、国滅ぶゾ」

頭の体操



先週末からテレワークにしてる。
どうもイマイチだ。
ケジメ、集中力、効率、環境的な作業の限定等。
従来の仕事のやり方を、単にテレワークで実施する、
との発想だからかもしれない。
しばらく凌ぐというだけの発想だ。

コロナ禍が長引くことになったらどうか。
いろいろな意味で抜き差しならなくなるだろう。
コロナ明けはテレワーク明けということだけでなく、
世の中のビジネス環境が様変わりし、
元には戻らないかもしれない。

そうであるとすると、発想を変えなければならない。
コロナ後はどんな世界、どんなビジネス環境になっているだろうか。
その変化後に合ったビジネスの進め方を考えなければならない。
ある意味、今はその猶予期間とも考えられる。

そう考えた時、テレワークの仕方を、
これまでの仕事のやり方の延長で考えるのはどうか。
先を読む能力があるわけではないが、
少しでもコロナ後のビジネスの在り方を考え、
その上で、テレワークの在り方を考えてみる必要がありそうだ。

短期的にも長期的にも、頭の体操が必要だ。

「頭より、体の体操、不足気味」

給付とか補償とか



緊急経済対策への批判で世の中が騒がしい。
私も、「なんか変」と思っている中の一人だ。
“思い切った対策”らしいが、
ポイントは困っている人や企業に行きわたるかだ。

50%以上の収入減とか売り上げ減とか言ってるが、
いかにも官僚や政治家が考えそうな条件だ。
緊急事態への対応としては、なんか変だ。
もともと売り上げや収入が少ない会社や家庭は、
日々ギリギリのところでやりくりしている。
今回のコロナ禍で僅かな減少でも致命傷になる。

どういう対策を取っても、
いろいろなことを言う人は必ず出てくる。
正解は無いということだ。
ただ、本気でやってくれている安心感や、
見放されてない感覚は救いにはなる。

ところで自分に当てはめてみると、
今のところ我が家も我社もどちらも半減ではない。
あまりに少な過ぎて、減りようがないのだ。
マスク2枚以外は何ももらえないということだ。

「ありがたや、マスク2枚で、安泰だ」

特許書いた



業務停滞中につき特許を書いた。
何年(何十年)かぶりだ。
要領を忘れていたので大変だった。
通るかどうかわからないが、なんとか書き上げた。
多分通らないだろう。

手続きも何も、すべて自分たちでやらなければならない。
お金もかかる。
貼る印紙は“特許印紙”だ。
そんなものが有ることすら知らなかった。
内容はともかく、いろいろ勉強になった。

弁理士など使えないので、
特許庁長官宛に直接送った。
電子申請もできるようだが、
準備が複雑怪奇(に感じた)なので、
郵送という“伝統的な”方法で申請した。
このブログで以降触れることは無いと思う。
それは、通らなかったため、とご判断頂ければ幸甚にて。

あと2題(実用新案とビジネスモデル特許)を
申請しようと思ってたが、実用新案の方は、
残念ながら既に製品として出回っていた。
残りのビジネスモデル特許に挑戦する。

「特許とは、挑戦にこそ、意味がある」


敢えて前向きに



新型コロナウィルス禍がここまで大ごとになるとは。
屋形船に乗らなければ大丈夫だなどと、
軽口をたたいていたのがついこの前だ。
我社への影響は前回取り上げたが、益々深刻になるばかりだ。

マイナス面や心配事を挙げたらきりがないので、
今回は良いことだけを考えてみた。

まず社会的には、
・オリンピックのわくわく感を、もう一年味わえる。
 結果として、コロナ克服と震災復興のダブルの達成感で、
 東京オリンピックを迎えられるはずだ。
・テレワークが一気に進んだように見える。
 オリンピックを控えてどうなるかと思ってたが、
 やればできるじゃんというところか。
 ただし、長期になったら耐えられるかどうか分からないが。

我社としては、
・否応なしに事業を見つめなおす機会になる。
 ひいては事業改革、意識改革のチャンスではある。
・時間が無くて取り組めなかったことをやっつける機会。
 ただしロックアウトされなければ、だが。

個人的には、、、骨休めぐらいか。

各国、各企業に同じように降りかかる災禍、
まずは協力して乗り切ることが最優先だが、
筋肉質への脱皮には知恵比べのチャンスではある。

「インフルも、コロナも花粉も、ごちゃまぜだ」


コロナの影響



ノートパソコンの調子が悪くたまに立ち上がらない。
メールが見られなくなったらまずいし、
いろいろなオンラインツールも使えなくなってしまう。
急遽パソコンを買おうと量販店に向かった。
ひと月ほど前のことだ。

さんざん選んで、店員に持って帰れるか聞いたところ、
なんと在庫が無く入荷時期は未定とのこと。
新型コロナウィルスの影響だった。
その後の展開は報道されている通りだ。
パソコンが必要な人はみんな困っているだろう。

事は深刻、パソコンどころではなく、
経済活動全般に影響が広がっている。
我社もいろいろなところに影響が出始めている。
早く収まってほしい。
電車内で誤嚥もできやしない。
咳でもしようものなら、一斉に白い目が向けられる。

会社によってはテレワークや時差出勤を奨励しているとか。
ただこの対策、先々を考えると、収まったときに、
テレワークや時差出勤の癖が抜けない人も出るのではと、
余計な心配をしてしまう。

ところで、冒頭の私のノートパソコン、
若干古いタイプを探したら数日で入手できた。
今はぜいたくを言ってる場合ではない。
事なきを得たことで良しとしよう。

「“コロナ”って、生産すでに、終わったけど」