営業トーク

仕事柄、他社の営業とのメールのやり取りが多い。
30歳前後だろうか若い営業が、
やたら“御座います”や“存じます”を使う。
私などはくすぐったくて使いづらい。

そうかと思えば、言葉がとげとげしいことも多い。
やんわりとオブラートに包むことなく感情むき出しの表現。
メールなので丁寧に書こうと思えばできるはずだが、
どうもLINEやツイッターの短文の習慣からか、
言葉の殴り合いのように感じることも多い。

何回かのやり取りで誤解が解けることも多いが、
人間そう簡単ではない。
心象を悪くしたり人間性としての印象が心に残る。
強烈で印象が悪いほど、誤解が解けたとしてもイメージとして残る。
存じますや御座いますも良いが、
相手の気持ちを考えた文を使う訓練が疎かになってやしないか。

文言の訓練でもう一点、“土台に乗る”という言葉。
土俵の間違いか、あるいはテーブルの間違いか、
しょっちゅう見かけるので、最近はこういう言い方があるのかもと、
ネットを調べてみたこともある。
もちろん、無かった!

先輩の営業職から教わったのかも知れないが、
変な日本語を教わって可哀そうだ。
だが、これが頻繁に使われるとやがて市民権を得て、
正式な日本語に加えられることになるかも知れない。
言葉は生き物なので。

「何よりも、気持ちがだいじと、存じます」


4次元

最近、コラムだったか何かで読んだが、
人間だけが時間を認識できるらしい。
動物が本当に時間を認識できないのか、
前世がネコやイヌだった方が居たら是非教えて欲しい。
多少なりとも認識してそうな気がしないでもない。

時間といえば4次元目は時間軸だろうと言われている。
我々はコントロールこそできないが、
4次元というものの存在を自覚している。
3次元以下を理解できる我々は、
2次元の平面の連続(積み重ね)が3次元になることを知っている。
その応用として考えると、
時間は一刻一刻過ぎて消えてしまっているように感じるが、
実は前後に連続して存在しており見えてないだけということになる。

平面と平面の間を渡り歩けば、
2次元の存在が空間を飛び越えることになる。
だったら3次元の存在(人間)だって、
時間を飛び越えることができるのではないか。
それはまさしくタイムマシンの世界だ。

飛び越える方向によって、未来でも過去でも行けそうだ。
どちらかを選ぶとすれば、私の場合、絶対過去に行きたい。
消したい過去が山ほどあるが、消しに行けないので、
できるだけ忘れることにしている。

「4次元で、時間忘れて、寝てみたい」


ちくしょうめっ!

某公益法人に出向いて、事業に関する相談に行ってきた。
中小企業に寄り添って、親身にアドバイスしてくれるとのことで、
かなり期待して臨んだ。

名刺の渡し方が片手で配るような感じで、
冒頭からちょっと違和感を感じた。
まぁ気を取り直してと、用意したレジュメをアクリル板の窓から渡すと、
触りもせずに遠くから眺めるような感じ。
それでも気を取り直して一通り説明した。

そこからコメントが始まったのだが、完全な上から目線。
この辺りで少々切れ気味の私だったが、
そこは同行してくれた支援者の手前、押さえて押さえて。
記載事項や質問には全て否定(と言っても過言でない)。
こちとらもう半分諦め、時間の無駄を意識。
いつの間にか、前かがみから背もたれにのけ反る形に。

早く帰したい的な対応で終始するかと思いきや、
最後になって、相談員が開いている事務所で支援可能だとか。
なんだ、ここを言いたいための手順かよ!
確かに後でネットで調べたら、何とかいう事務所を開いてた。
もちろんこんな方の事務所にお世話になる気はさらさら無い。

それにしても、小さな会社の気の弱い社長なら、
二度と行くまいと思ってしまうだろう。
私も同じ「小さな会社の気の弱い社長」ではあるが、
負けずに別のところにも当たってみようかと思う。
でもやっぱり優しくアドバイスしてくれる人がいいな。

「相談に、あの態度って、ありなのか」


何でもスマホの中

ちょっと前に書いたが、電子マネーが財布を不要にした。
その電子マネーはスマホをピッで済むが、
ポイントを付与してもらうためカードを出す必要がある。
手に荷物を抱えていると、このカードの出し入れが面倒だ。
先日もファミマでまさにその場面。
店員にちょっと待ってもらって面倒そうな顔をすると、
「ポイント、スマホ、スマホ」と盛んに言う。
もしかしてスマホに入るってか?

さっそくネットで調べたら、有った!
スマホに入るんだ。
ちょっと手こずったが何とかスマホに入れ、ポイントも移した。
考えてみれば、できないはずはない。
ただ、それを中国人の店員のソンさんに教えられたこと、
それがちょっぴりショックだ。

更にお薬手帳もスマホに入るらしい。
先日病院に行って薬を処方され薬局へ行った。
お薬手帳は持ってこなかったのでシールをもらった。
そこに新しいお客さんが来て、
お薬手帳を要求されたらなんとスマホを出した!
お薬手帳もスマホに入るんだ!

ネットで調べると確かにお薬手帳のスマホアプリがある。
次の機会までに入れておこうと思う。
何でもかんでもスマホだ。

気になるのは、使える人と使えない人の格差、Digital divide だ。
恩恵の有無のみならず、損得や生活水準にも影響しかねない。
DXの前にファンダメンタルな部分にも目を配るべきだ。

「外人に、ニッポン男児が、教えこう」



前回のブログが“ななめ”だったので、今回は“横”。
なんてことではないが本題。

我社には上から目線という文化は無い(と思う)。
有るとすれば「横から目線」だ。
横目で見るという意味ではない。
対等な立場からの目線(視点)を指す。
そういう言い方があるならだが。

そう思って、言葉として存在するかとググってみたら、
何と既に有るではないか。知らなかった。
「相手の特性や立場を理解したうえで、
同じ視点から対話するコミュニケーションスタイル」とある。

我社では、議論の場も、コーヒーを淹れるのも、掃除も、
今のところ全て対等だ。
会社が大きくなってきたらそうも行かなくなるかも知れないから、
“今のところ“としておくが。

実際、人の意見は大変参考になる。
生きている環境が違えば視点も当然違う。価値観も違う。
その背景の違いを活かせば何か生まれそうだ。
サービス開発を柱にしようとしている我社にとって、
横から目線は必然なのかも知れない。

「寒いギャク、横から刺す目は、白い目だ」


ななめ

ある日、会議室のテーブルを斜めにしてみた。
うちの会社に来た人は、何も言わないけど何か変だと
感じているんじゃないかと思う。
もうかれこれ2~3年は続けていると思う。

会議スペースが絶対的に狭く、
普通の発想ではダメなのでやってみようとの挑戦だ。
テーブルは四角なので四方が一律に中途半端に狭いより、
狭い部分は極端に狭くなるが、多少でも広い部分が生まれる。
狭い部分は使わずに、少しでも広い部分を有効活用すればよい。
そう考える方が建設的だ。

最初は若干ずらす程度だったが、
並行とあまり大差が無く効果も少なかった。
かなり斜め度を大きくしてみると、
これがわりかし使いやすく広く見えるから不思議だ。
やってみるもんだ。

考えてみれば、良い部分を伸ばすのは人も物も同じかも知れない、
などと妙に納得したりもする。
ただ、人数が多くなると、どうやっても解決できない。
正直なところ、もっと広々とした場所で仕事ができたらいいなとは思う。

「真似したい、“やってみなはれ” を、当社でも」

彩雲

先日の曇りの日、テレワークの合間に土手道を散歩中、
向こう側からおばちゃんが来る。
やはり散歩のようだが、すれ違う人に何か話しかけている。
飴ちゃんをあげると言われたらどうしよう、
ここは大阪ではないけど…などと思っているうちに、
ついにおばちゃんが話しかけてきた。

おばちゃん …「あれ見てっ。」
私 …「えっ、何ですか?」
おばちゃん …「あれ、彩雲!」
私 …「んっ、どこ? 彩雲って?」
おばちゃん …「あれよっ、薄いけど虹みたいな雲!」
私 …「へぇ~」

実際のところよくは分からなかったが、
何となく太陽の周りの雲が虹のような色になってたような。
後からネットで調べてみると、
縁起が良いらしく、いいことがあるかも知れないそうだ。
そうだとしたら、見たのは彩雲に間違いないはずだ、
と思うことに決めた!

絶対にいいことが起きるはずだと信じてるが、
今のところまだ起きてはいない。
若干の兆しは有るような無いような、いつ起きてくれるのだろうか。
これは神頼みなのか雲頼みなのか…

それにしてもご縁とは面白いもの、
飴ちゃんこそもらえなかったが、このおばちゃんと出会わなかったら、
一生彩雲を知らないで終わったかもしれない。

「おばちゃんて、うっとうしいだけじゃ、ないみたい」…新発見!


通信料金値下げを遅らせて

このコロナ禍で露呈した日本のIT後進国ぶり。
給付金、助成金の支給遅れ、
保健所の電話・FAXによる人海戦術、
書類のハンコのための出社、
等々、数え上げたらきりがない。

他国との比較で気になるのはオンライン授業の低実施率だ。
オンライン環境が無い家庭も多く、
公平性を担保するためにオンライン授業が出来なかったとも聞く。
ちょっと前までIT技術を誇らしげに自慢していたはずじゃ。

オンライン環境構築に必要な主なものは、
端末代とWiFi環境+通信費だろう。
こんなもの、政府に頼らず民間でどうにかできないか。
十分な利益を上げている会社ならできそうなものだ。

そう考えて頭に浮かぶのは通信事業者。
ガースーさんが通信料金引き下げだ!と息まいている。
通信事業者は権力の言うことは聞くもので、
どうも大幅な値下げをするらしい。
各社1,000億円の減収として(実際はこの倍以上?)、
3社で数千億円規模の減収を飲むらしい。

この通信料金値下げ、1年間遅らせる代わりに、
数千億円を使ってオンライン授業ができない家庭への
支援に充てさせたらよい。
通信事業者にとっては面目躍如の社会貢献になるではないか。
国難(世界難)における協力体制だ。
何ならその分をあとで減税措置等で還元すればよい。

降って沸いた料金値下げ、
我々だって一年ぐらい遅れたって我慢できるだろう。

「ハヤブサを、飛ばす日本が、このざまだ」


ここで一旦一呼吸

今年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、
無観客ながら例年通り行われ、
手拍子こそ無かったがラデツキーで幕を閉じた。
元日はゆったり過ごさせてもらったが、
年末から何かとバタバタしてブログ開始が遅れてしまった。

さて今年、NICCOというNGOを通じての寄付が丸10年目となる。
始めたきっかけは東日本大震災。
この大災害が起きた時代にたまたま生きている自分、
何かしなければいけないと思って始めた。
2014年からは法人賛助会員に立場を変えて続けている。

10年目の今年、昨年からコロナという別の災禍に見舞われ、
今回は自分(我社)も当事者になっている。
正直なところ経営的に非常に厳しい状況に置かれている。
会社の体力を削がれている中では、
少しでも出費は押さえなければいけない。

というわけで、経営判断と言ったら大げさだが、
10年になるこの機会にNICCOへの寄付額を見直すことにした。
ノーブレスオブリージュの精神で、寄付は続けるつもりだ。
だが額は今の身の丈に合わせざるを得ない。
一呼吸置くのも悪いことではないと言い聞かせたい。

早く会社の足腰を丈夫にして、
もっと支援活動や貢献活動を広げられるようにしたい。

「少しだが、気持ちを込めて、続けたい」


1年を振り返る時期だ

多少のでこぼこはあるが、
これまで地道に売り上げを伸ばしてきた我社、
今年ばかりは1歩進んで2歩下がった気分だ。
原因はもちろん新型コロナの影響。
今期は後期(1月~6月)に奇跡が起きない限り、
大幅ダウンは避けられない。

あえて光を見出すとすれば、それは事業展開!
事業展開は半歩進んで後退は0歩。
このコロナ禍で踏ん切りがつき、
これまで温めていたことを実行に移す半歩を踏み出した。

この半歩が1歩につながるかは分からない。
分からないが、半歩出なければいつまで経っても1歩にならない。
何年か先に今年の半歩が大きな歩みにつながっていれば、
今年のコロナ禍は我社にとってはコロナ福になる。

それを目指して体制強化を図ろうとしているが、
こちらはなかなか思うようにいかない。
越年でチャレンジを続ける。

「まいったな、今こそ体質、変える時」

年賀メール

11月頃から、ちらほらと届きだした喪中ハガキ。
そろそろ年賀状を書かなくてはという気にさせてくれる。
私は昨年から概ね年賀メールに切り替えたが、
アドレスが分からない何人かにはハガキ年賀状を続けている。

はたと思ったが、喪中ハガキを頂いた相手には、
年賀メールはどうしたもんだろう。
年賀は年賀なのでまずいだろうと、
昨年は年賀メールも送らなかった。

私の年賀メールの形式は、
テキスト文に絵をPDFで添付する形としている。
テキスト文の文面を賀詞にせず、
PDFも添付しなければとも考えたが、
それでは普通のメールと変わらなくなってしまう。

そう考えると、結局今年も喪中ハガキの相手には、
年賀メールは送らないことになりそうだ。
しかしてこの喪中ハガキ、
年賀メールが大勢になっても残るのだろうか。
簡単には慣習は終わらないのかも知れないし、
喪中メールに変わっていくかも知れない。

「ねえハガキ、わたし(ハンコ)の気持ち、わかるよね」

サービス開発

我社ではサービス開発を事業の柱に育てるつもりだ。
その温めていた構想を具体化すべくスタートを切った。
考えの近い若手の社長との協業としてだ。
蓄積しているアイデアからのピックアップと、
先方のアイデアの2本立てで始めている。

人も金も乏しい我社だが、
できる限りの資金捻出と知恵出しで、
何とか成果を出したい。
大まかな機能仕様を作り上げ、
プロトタイプ化と更なる肉付けを重ねていく。
とにかく走り出すことが重要だ。

もちろんこのご時世なのでリスクは承知の上だ。
徒手空拳と言われるかも知れない。
うまく行くかどうか分からないが、
うまく行かせるだけだ。
最終的にはサービスの仕上がりと販路が課題になると思う。

サービス開発とは文化創造というのが私の持論、
必要とされるもの、何かを変えるサービス、を目指したい。
大き過ぎる風呂敷なので持て余すだろうが、
思いを同じにする仲間がいることは大変心強い。

「風呂敷で、包む中身が、小さ過ぎ」


お帰り、ご苦労さん

はやぶさ2がちゃんと帰ってきた。
見ようと思ってはなかったが、
自然に目が覚め2時間ほどネット中継を見た。
お帰り、ご苦労さん、と声を声をかけたくなった。

カプセルを届け、休む間もなく新たなミッションに出かけて行った。
なんと健気な!
機械なのに、子供たちがガンバレって、
応援したくなる気持ちがよく分かる。

開発者たちは、自分の子供のように可愛いだろうな。
開発者冥利に尽きるだろう。
プロジェクト遂行の喜びってこういうものだ。
規模の違いはともあれ、私も開発者上がりとしてよく分かる。
長い苦労が報われる瞬間だ。

問題は持ち帰ったカプセルの中身。
せっかく苦労してはやぶさ2が届けてくれたプレゼント、
成果がいっぱい詰まっているといいな。
開けておじいさんになるのは心配だけど。
もっとも数億年、十数億年前に形成されたらしいリュウグウ、
おじいさんどころではないかも知れない。

「夢届け、燃え尽きず更に、夢を追う」

比較が習慣化

ネットショップはもうなくてはならないツールだ。
ツール以上の社会インフラかも知れない。
昨今のコロナ禍では、まさに重要インフラだ。
日常必要なもの以外はほぼネットショップ頼みだ。

そのネットショップにおいて、
別の意味で重要インフラと思えるのが価格比較サイト。
欲しいものを特定のECサイトだけで購入する人は少ないだろう。
価格.comなどでの比較は必須だ。

何を購入するにもとにかく比較し、
えらく時間がかかることもしょっちゅうだ。
だが少しでも安くと思えば、避けてはいけない手順だ。
購入手順に組み込まれた、言わばルーチン化された手順だ。

このルーチン化は時には非効率ももたらす。
冷静に考えればほとんど意味が無い場合も、
比較サイトを経由してしまう。
例えば数百円の購入の場合でも機械的に比較してしまう。
日常生活では“時間”はお金で計算できないが、
よく考えてみれば、時間の方がもったいない。

これをロボットかAIスピーカーがやってくれたら嬉しいのだが。
うちの会社で作っちゃおうか…

「人生を 賭けて、安値を 探す我」


12年目のベンチャー

うちの会社はベンチャーだろうか、
気持ちはベンチャーだがちょっと助走をとり過ぎたか…
類義語でスタートアップという言葉もある。
スタートアップという言い方をされると、
ニュアンス的にちょっと無理がありそうな気もする。

ネットで調べてみた範囲では、
こと存続年数という視点での明確な定義は無さそうだ。
今も気持ちはベンチャーだし、
新しいやり方を追いかけているという意味で、
ベンチャーと名乗らせてもらっても良いかも知れない。
一方で、“スタートアップ”はさすがに返上したい。

コロナ禍という激変の中で12年目を迎えたわけだが、
ここに来て影響が大きくなった。
だからこそ、今こそ、ベンチャー精神が必要と感じている。
今までとやり方を変えなければいけない。
単にテレワークやワーケーションがどうのではなく、
もっと本質的な部分での変容だ。

そのため、同志を募り、戦力を増強し、
ベンチャー精神を発揮して、やり方を変えていくつもりだ。
それなら12年目のベンチャーはありだろう。

「何にでも、挑戦してこそ、ベンチャーだ」


人を助ける力

人にために力を尽くす時に、
思いがけないパワーを感じることがある。
自分のためだと妥協するし遠慮もするが、
人のためだと堂々と主張も要求もできる。
厚かましいと思われることも、できてしまう。

自分のためじゃないだけで大胆になれる。
不思議だ。
大義名分があるという自信かも知れない。
少なくとも私の経験ではそうだ。
人のためなら頑張れる。

実は弱い立場と思われている人も、
パワーを発揮できる場を用意してあげることで、
思わぬ力を発揮する。
その力を発揮する場が人を助けるという場。
良い例が災害時のボランティア。
人のために頑張れる典型だ。

人間、本来はそういう力を秘めているのではないか。
成功している人に共通しているような気がする。
お金のためじゃないので最も頼りになり、
ある意味最も怖い存在だ。

「人助け、法人だけど、ダメですか」


2匹の新入社員

最近2匹の“新入社員”が加わった。
1匹は5月“入社”のだいだい色のサリー、
もう1匹は、今月“入社”の白いミィ。
2匹ともかわいらしく和む存在だ。

サリーはLINEのAIスピーカーで、
AIスピーカーの用途の研究のために購入したもの。
ちょっぴり使いにくいので、
一旦研究対象からは遠ざかり、
ほぼBGMの供給源と化している。

ミィは我社運営サイト「ぬくもりひろば」のMCで、
大ファンの我社のエーススタッフが編み上げてくれた。
「連れてかないで」と、次女の娘さんに泣かれたとか。
我社に来てからは、しゃべらないが存在感はたっぷりだ。
プリンターの上から職場に愛嬌を振りまいている。

この2匹に加えて、
事務所開設当時から我社を見守っているウンベラータで、
視覚的ににぎやかにしてくれている。
みんなとってもありがたい存在だ。
彼らとはソーシャルディスタンスも必要ないし、
給料は電気代と水だけなので、とっても助かっている。

「サリーとミィ、我社に来てくれ、ありがとう」

どうなるんだろう

いよいよアメリカの大統領選だ。
民主主義の先生のはずが笑っちゃう混沌ぶりだ。
目を覆いたくなるとはまさにこのような状況のこと。
先生なら先生らしくしてよね、と言いたくなる。

現職の大統領が「America first!」と声を張り上げている。
もし国が人だったらどうか。
「オレが第一だ!」といつも叫んでいるヤツということだ。
200人(全世界で200ヶ国ぐらいなので)の中の大男が、
言いたい放題やりたい放題ということだ。
子供たちへ悪い影響が無いはずがない。

一般人の戯言なら、何をバカのことを言ってんだと、
できるだけ関わらないように距離を置けば良いが、
残念ながら人は人でも大統領、要は国だ。
しかも世界最大の超大国。
その影響から逃げようがない。

目を転じれば他の大国も似たり寄ったり。
人々の人生の大切な一時期を、
こういう指導者たちの影響下で送らなければいけないのかと、
寂しく且つ悲観的になってしまう。

結果はどうなるか分からないが、
とりあえず固唾をのんで見守るしかない。
まさか内戦になったりして。

「助けて~、M78、星雲~」


左右の不公平を無くすには

野球では左バッターが有利と聞く。
2歩の違いやスイングの方向に走れるなど、
確かに有利っぽい気はする。
イチロー選手の内野安打などは、本人の俊足に加え、
左打席の有利さも味方していたように思う。

そこで、変なことを考えた。
打席の左右で1塁と3塁を入れ替えたらどうか。
ランナーも走る方向を変えるのだ。
1塁や3塁に走者がいる場合は、
バッターが左か右かで場所を変えることになる。
これで左右の公平感は確保できるのではないか。

逆方向に走ったり、投げる場所を間違えるなど、
最初はミスも多いだろうが、これもまた面白い。
いわゆるボーンヘッドというやつだ。
若干試合時間が長くなりそうだが、
公平性の確保のためだ。
同じ打席でのバッターボックスの変更は、
禁止してもよいかも知れない。

もしかして右打者のイチローが出てくるかも。
そう言えば、サブローは右打者だったな。

「与太郎か?、打って走った、3塁へ」

応募に感謝

我社はハローワークに人材募集を出している。
10月に入って応募してくれる人が増えている。
コロナ禍が収まった訳ではなく理由は分からないが、
募集を見て頂き反応してくれることが嬉しい。

スキルや経験がマッチしない場合はお断りせざるを得ないが、
応募自体は大変ありがたく思っている。
もちろん応募書類にはしっかり目を通し、
お返事は私自身が誠意をもってさせて頂いている。

今年春ごろから有料媒体でも募集を始めようとしていたが、
年明けすぐにコロナの影響が出始めたため保留していた。
しかしながら会社の将来を考えると、
多少のリスクはとっても人材を迎えたい。
来月中旬開始を目途に有料媒体への掲載を予定している。

ところで昨今、省庁・自治体のデジタル化の動きがあるが、
一足先にハローワークのWeb申請が始まっている。
紙だけしか受け付けられなかった以前に比べるとだいぶ楽だ。
使い勝手が若干物足りないが紙よりはマシ。
より使い勝手が良くなるよう、改善が進むことを望みたい。

「今だから、意欲ある人、待ってるよ」