一生モノは良いことか


一昔前は、壊れないことは良いことだった。
テレビ、洗濯機、冷蔵庫、自転車、等々何でもだ。
もちろん今でも良いことに違いない。
ただし、買う時に元々必要だったサービスや機能を満足する、
という意味では、だ。

壊れないモノを使い続ける間に、
機能が加わったり性能がアップしたモノが、
新しく出てきている可能性が有る。
しかも安価で且つランニングコストが安かったりする。
そういう新しいモノに触れる機会を失っている可能性が、
一方ではある。

壊れないモノを使い続ける結果、
新しい技術を享受できないことになる。
壊れないモノを使い続ける結果、
もしかして実質的に損をしていることも無きにしもあらずだ。
使い捨てや浪費・無駄遣いを擁護しているわけではないが、
せっかくの技術革新の恩恵を受けられないのも寂しい。

近年、シェアリングエコノミーなるものが脚光を浴びている。
買わなくて良いのだ。
“所有”しないので常に最新のモノを探して“使え”ばよい。
昔からあるレンタルサービスの幅が、
さらに広がり便利になった形態とも言えそうだが、
シェアリングエコノミーはそういう意味でも、
技術革新に加速度がついた昨今の必然か。

話を基に戻すと、
技術革新がゆっくりな頃は一生モノの価値は高かったが、
技術の進歩が速い時代には一生モノはそぐわないのかも。
そういう時代に生きて行く我々は、
買い替えに伴うリサイクルへの意識を高める一方、
シェアリングサービスを積極的に活用する賢さが
必要なのかも知れない。

「捨てられない、性分急に、変えられない」

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