一喜一祝

「一喜一憂」に関しての記述は3度目になる。
今回はちょっと趣向を変えて「一喜一祝」。

会社経営をする限り、一喜一憂は永久に続くと観念した。
憂いが無くなってからなどと考えると、
喜ぶタイミングを逃してしまう。
それならば、いつ喜べばよいか。
良いことが有ったらすぐ喜んじゃえばよい。
これが、これまでの経験で学んだことだ。

喜ぶのは形にしなければ意味が無い。
形にできるのはお祝いだ。
会社としてのお祝いでも、自分でプチ祝いでも、
何でも祝った方が勝ちだ。
ある時点で「喜」なら、その時点で祝っちゃえばよい。

憂は考えないことにしようと一喜〇憂という言葉も考えたが、
憂の方が圧倒的に多いし考えないことは性格上無理だ。
ならば一喜一祝しかない。
喜んだ対象が結果としてポシャった場合、
それはそれでしょうがない。(良くあることだが…)
せっかっくの喜べるタイミングを大切にしたい。

「どうしよう、お祝い中に、憂報来た」

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