働き者の店員さん

1)
とあるスーパーでの人間ウォッチ。
レジの数は少ない中で、いつも行列が長いレジがある。
働き者の感じの良い店員さんのレジだ。

2)
他のレジはと言えば、いささか動きの重いおばちゃんとか、
愛想の良くないおねえさんだったり。
これらレジ、すいていても人気がない。

3)
行列が長いレジの店員さんは、時間が空くと、
かごの片付けなど出来ることを探している。
休む間もなく何かしている。

4)
できることを探しているから、余計忙しくなる。
それでもスタイルを変えない働き者の店員さん、
見てて気持ちが良いからついつい並んでしまう。

今回、話題も手ごろだったので、
ちょっと前に実施を予告した「4コマブログ」をやってみた。
結構難しかった。
手ごろな話題の時に、たまにやってみようと思う。

「そうは言え、本音を言えば、さぼりたい」


黒塗り

節約を旨とする我社では考えられない。
国会や公開資料請求で出てくる資料のあの黒塗りだ。
のり弁当より黒い!
トナー代は全て税金と思うと、バカヤローと言いたくなる。
役所連中は法律に従っている気なのか忖度なのか、
どうしても隠すならもっと工夫しろと言いたい。
もしかして、トナー業者と癒着かとも勘繰りたくなる。

例えば白塗りにしてみたらどうか。
紙の地色なのでトナーは使われないだろう。
どうせPDFに黒塗りしてるのだろうから、
白塗りだってできるはずだ。
少しは頭を使って欲しい。
もっとも白塗りだと、どこを消したか分からないので、
別な批判が出そうではあるが。

要は、何も考えず、節約意識も持たず、
税金を無駄遣いするのはやめて欲しい。
自分達で稼いだカネではないので感覚は麻痺してるのだろうか。
うちの会社だったら説教ものだ(お仕置きはしないが)。

そもそも何でもかんでも秘密というのがおかしいが、
まずはトナー節約モードで!

「おい役所、節約モードで、印刷しろ」

テレワークの評価

Web会議システムの使用機会が増えてきた。
仕事だけでなくオンライン集会などでも活用している。
テレワークにはこういうツールの助けが欠かせないとは言え、
テレワーク自体は定着しそうという感想だ。

最初はふわふわした感じで、
休みの日にパソコンを開くような感じだった。
だが慣れてくると、結構集中してできる。
いつまでもふわふわしててもしょうがないので、
ちょっと真面目にやってみるかという感じでやり始め、
やがて慣れてきたというところか。

ちまたの評価とほぼ同じかもしれないが、
私が使ってみての感想は以下の通り。

1.良いところ
・時空を超える(ちょっと大げさだが、Web会議の威力)
・マイペースを保てる(その分、集中か怠けるかは紙一重!)
・寝坊しても分からない(究極のフレックスタイム)
・朝ドラが(生で)見られる

2.悪いところ
・(Web会議は)自由に発言しにくく、特に同時はダメ
・(Web会議は)突っ込んだ議論や検討がしづらい
・ちょっとした相談がしづらい
・メリハリがつけにくい
・コーヒーの消費が増える
・運動が不足する

悪いところは最初の二つがポイント。
いずれもWeb会議の欠点なので、カギはWeb会議システムか。
ここをもう少しテクノロジーで改善すれば、
もっとテレワークが快適になりそうである。
オンライン居酒屋とかオンラインライブとか、
Web会議システムの活用が進んでいるので、
どんどん良くはなるだろう。

私もWeb会議でオンライン(ミニ)同窓会をやったが、
10年ぶりで旧友の元気な姿を見ることができた。
欠点どころかWeb会議システム様様だ。

「パワハラも、オンラインなら、怖くない」

目から入る雑談

耳から入る周囲の雑談は、せいぜい数メートル内。
最近は目からも、リアルタイムに日本中や世界中の雑談が入る。
もっとも世界中の方は、言葉が分かればだが。

耳からの雑談は聞こえてくるという受動のケースが多いが、
目からの雑談は見に行く能動のケースが多い。
特にネット上には"雑談"ぽいものが溢れている。
能動的に見に行く目からの雑談は、
それだけに嗜好が偏る可能性がある。
自身が共感する雑談を求めることが多い。
違う意見には、なんだこいつはと反感さえ覚える。
SNSの雑談はそれが極端なような気がする。

最近のテレワークが中心の生活の中で、
気が付くと興味がある話題や共感する意見を探しに行く自分がいる。
探し始めたらきりがなく探してしまう。
ネット社会とはこういうものだと改めて思う一方、
極端な意見程目につき、考え方が偏ってしまう危うさや怖さを感じる。
過激なものほど閲覧数が多く、上位に掲載されるためだろう。

更に悪いことに、
ネットの雑談には容易にリアクションできてしまう。
ツイッターのようなSNSでは一呼吸置かないで、
瞬間的に反応してしまう。
それも誤解しやすい短すぎる言葉で。
言葉が短い場合は舌っ足らずで真意が伝わらないから、
誤解が誤解を呼び収拾が付かないことになる。

おじさんが気を付けていることは、
反感を感じる雑談には一呼吸置き、
気持ちの良い雑談には一歩引いて受け止めることだ。

「わがブログ、一度炎上、してみたい」

切れることを前提に

ちょっと前まで3K(きつい、危険、きたない)だったような。
今は8Kだそうな、残りの5つはなんだろう?
冗談はともかく、移動通信の5Gや映像技術の8K等が、
夢を連れてきてくれそうだ。
8Kという高精細なので画像を実物大以上に鮮明に拡大でき、
5Gを使って遠隔対応が可能となると、
医療が一変するそうだ。期待したい。

ただし、通信回線、特に無線は、
切れる可能性があることを忘れてはならない。
あくまでも私の経験からの心配なので、
10年以上前の技術での懸念は、
5Gの時代では杞憂であることを願いたい。
だが、本質のところは変わらないんじゃないかと思う。
信頼性は向上したとしても、
通信が突然切れる可能性はゼロにはならない。

用途にも依るが、本当に大事な場面では、
2重3重の冗長性が必要ではないかと思う。
そのぐらいの信頼性を持たせるぐらいでないと、
命に関わる現場には使えないだろう。

もちろん医療をひとくくりにするのではなく、
ちょっとした発熱の診察のようなケースと、
遠隔での手術のようなケースとでは異なる。
信頼性が必要なのは、もちろん後者のようなケースだ。
ケースにより通信設定が選べるような仕組みを、
当然考えていると思うが。

「若者も、大人も無線も、キレちゃダメ」

マスク来た!

かのアベノマスクがやっと来た。
群馬に配布され始めたとのニュースが流れ、
妙な焦りを感じてた矢先だけに、
“都内”在住の面目を保った。

国会で火だるまになっているあの方の布マスク姿が、
似合っているとはお世辞にも思えず、
虫はついてないようだがどうも使う気になれない。
マスク着用のモデルが、
きれいな女優とかイケメンなら、
着けてみてもいいかなと思うだろうが。

もう市場でも手に入るようだし、
おしゃれな布マスクも流通しそうだし、
結局非常用にストックすることになりそうだ。
これをお蔵入りとも言う。

目的は違うが、乾燥期の喉の保護用に、
湿らせて着用して寝るには最適かもしれない。
転売さえしなければ、用途までは制限されないだろう。

「ピーク過ぎ、マスクの目的、なんだっけ」

今こそ役立てたいのだが

我社が運営しているソーシャルサイトがある。
“ぬくもりひろば”という絵本読み聞かせサイトだ。
外に出づらいこの時期には、本来ならうってつけのはずだが、
残念ながら、まだまだコンテンツの数が少ない。
子供から大人まで楽しんで頂きたいのだが、
子供にはまだしも、大人にはすぐ飽きられてしまいそうだ。

台所事情が苦しい中で、地道に少しずつ投資を続け、
そこそこのサイトにはなってきてはいると思う。
とは言え、資金が無ければ維持もコンテンツの拡充もできない。
持続性かつ発展性を考えると、
資金をどう調達するか真剣に考えないといけない。

サイトの性質上、視聴者に有料にするわけにはいかないが、
何か方法を考えないといけない。
スポンサーが付いてくれれば良いのだが、
それには見栄えやそれなりの閲覧数が無いと話にならない。
それにはサイトへの投資がもっと必要だ。
この堂々巡りが今も続く。

こういう日のためにこそ存在理由があるのだと、
改めて言い聞かせながら、
当面は身の丈に合った運営を続けるしかない。

“ぬくもりひろば”はこちらから:
http://nukumori-hiroba.net/

「ちょっと見て、ほっこりすれば、嬉しいね」


ここらでひと呼吸ということか

文明の進み方が激しく且つ際限なく、
環境破壊への警鐘にも反応が鈍い。
今回のコロナ禍、
ちょっと立ち止まって考えてみなさいということか。

温暖化ガスが急減しているという。
車が減り飛行機が飛ばず工場も停止すれば、さもありなん。
インドでは都市部からヒマラヤ山脈が見えたとは、
今日の日経の記事。

なるほど、世界同時強制停止状態だ。
こんな状態を作れるのはコロナのような存在だけだ。
トランプだって、プーチンだって、習近平だって、
誰もこんなことはできやしない。
強制的に「考える機会」を与えられたと言えなくもない。

もとの状態に戻すのに必死になるのは分かるが、
せっかくの機会であることも事実。
それぞれが自分の立場で立ち止まって考える機会にできれば、
それはそれで意味があるだろう。
これまでは何が悪く何が良かったか、
冷静な目で振り返ってみたいものだ。
少しでも改善した形で戻るなら大変嬉しいが。

「人類が、一皮むける、機会かも」


4コマブログってのはどうだ

子供のころ漫画をよく読んだ。
うちの父親が商売をやっていて、
古本を扱っていたことから、
身の回りに漫画本はいくらでもあった。
大人になってからはあまり漫画は読まなくなった。
例外は三丁目の夕日ぐらいか。

漫画の部類に入るのかどうか、
今でも4コマ漫画はよく見る。
簡潔だがストーリー性があって面白い。
メッセージ性があるものもある。
言葉が少ないので、読むというより見るに近い。

最近ふと思った。
ブログにこのコンセプトを活かせないか。
名付けて「4コマ ブログ」。
具体的なイメージがあるわけではない。
ただ何となくやってみたいと思った。

どんな形ができるか、
例えば2行×4段落とか。
非常に少ない文字数になるので頭は使うと思う。
長いブログよりはるかに難しそうだ。
面白そうなのでちょっと考えてみたい。
最後の川柳をどうするか、
これが最大の課題かも知れないが。

「コボちゃんとの、異種対決に、勝ちたいな」



頭が固いじゃすまされない

医療や教育の危機の中、規制や規則が邪魔になっている。
非常事態であるにもかかわらずだ。
平時と非常時とを同じ尺度で考えようとするところに無理はないのか。
根柢にある目的を考えて欲しい。

責任という問題も見え隠れする。
規則通り前例通りに判断すれば責任は問われない。
ここがそもそもおかしい。
規則を盾に規制を押し通した結果、本来の目的が遠のくようなら、
その判断の責任はだれが負う?

せっかくリモート授業を実施しても、
対面でなければ単位としては認められないらしい。
受けられない環境の子供への配慮?
教育機会の平等性か、なるほどもっともらしい。
では、ゆとり教育世代とそうでなかった世代はどうなる。
これは時間軸で考えたら平等になってない。

非常時でなくてもこうなんだから、
非常時には前例にとらわれず規則は変えればよい。
どこぞの内閣だってかってに“解釈”を変えてるし。
前例が無くても根本の目的に適うことなら、
やらない理由を考えるのではなく、
やるための方法を考えるべきである。

今回、事は深刻だ。
非常時の機動的行政が求められる。
規制や制度を盾に、目的が大きく損なわれるのは本末転倒。
何のための行政かを考え、
根柢の目的に少しでも近づける行政をして欲しい。
優秀な役人の皆さんの知恵をそういう方向に使って欲しい。
医療現場でのリモート診療はようやく始まったが、
これを期限限定などではなく平時でも当たり前にして欲しい。

「役人よ、頭固けりゃ、国滅ぶゾ」

頭の体操



先週末からテレワークにしてる。
どうもイマイチだ。
ケジメ、集中力、効率、環境的な作業の限定等。
従来の仕事のやり方を、単にテレワークで実施する、
との発想だからかもしれない。
しばらく凌ぐというだけの発想だ。

コロナ禍が長引くことになったらどうか。
いろいろな意味で抜き差しならなくなるだろう。
コロナ明けはテレワーク明けということだけでなく、
世の中のビジネス環境が様変わりし、
元には戻らないかもしれない。

そうであるとすると、発想を変えなければならない。
コロナ後はどんな世界、どんなビジネス環境になっているだろうか。
その変化後に合ったビジネスの進め方を考えなければならない。
ある意味、今はその猶予期間とも考えられる。

そう考えた時、テレワークの仕方を、
これまでの仕事のやり方の延長で考えるのはどうか。
先を読む能力があるわけではないが、
少しでもコロナ後のビジネスの在り方を考え、
その上で、テレワークの在り方を考えてみる必要がありそうだ。

短期的にも長期的にも、頭の体操が必要だ。

「頭より、体の体操、不足気味」

給付とか補償とか



緊急経済対策への批判で世の中が騒がしい。
私も、「なんか変」と思っている中の一人だ。
“思い切った対策”らしいが、
ポイントは困っている人や企業に行きわたるかだ。

50%以上の収入減とか売り上げ減とか言ってるが、
いかにも官僚や政治家が考えそうな条件だ。
緊急事態への対応としては、なんか変だ。
もともと売り上げや収入が少ない会社や家庭は、
日々ギリギリのところでやりくりしている。
今回のコロナ禍で僅かな減少でも致命傷になる。

どういう対策を取っても、
いろいろなことを言う人は必ず出てくる。
正解は無いということだ。
ただ、本気でやってくれている安心感や、
見放されてない感覚は救いにはなる。

ところで自分に当てはめてみると、
今のところ我が家も我社もどちらも半減ではない。
あまりに少な過ぎて、減りようがないのだ。
マスク2枚以外は何ももらえないということだ。

「ありがたや、マスク2枚で、安泰だ」

特許書いた



業務停滞中につき特許を書いた。
何年(何十年)かぶりだ。
要領を忘れていたので大変だった。
通るかどうかわからないが、なんとか書き上げた。
多分通らないだろう。

手続きも何も、すべて自分たちでやらなければならない。
お金もかかる。
貼る印紙は“特許印紙”だ。
そんなものが有ることすら知らなかった。
内容はともかく、いろいろ勉強になった。

弁理士など使えないので、
特許庁長官宛に直接送った。
電子申請もできるようだが、
準備が複雑怪奇(に感じた)なので、
郵送という“伝統的な”方法で申請した。
このブログで以降触れることは無いと思う。
それは、通らなかったため、とご判断頂ければ幸甚にて。

あと2題(実用新案とビジネスモデル特許)を
申請しようと思ってたが、実用新案の方は、
残念ながら既に製品として出回っていた。
残りのビジネスモデル特許に挑戦する。

「特許とは、挑戦にこそ、意味がある」


敢えて前向きに



新型コロナウィルス禍がここまで大ごとになるとは。
屋形船に乗らなければ大丈夫だなどと、
軽口をたたいていたのがついこの前だ。
我社への影響は前回取り上げたが、益々深刻になるばかりだ。

マイナス面や心配事を挙げたらきりがないので、
今回は良いことだけを考えてみた。

まず社会的には、
・オリンピックのわくわく感を、もう一年味わえる。
 結果として、コロナ克服と震災復興のダブルの達成感で、
 東京オリンピックを迎えられるはずだ。
・テレワークが一気に進んだように見える。
 オリンピックを控えてどうなるかと思ってたが、
 やればできるじゃんというところか。
 ただし、長期になったら耐えられるかどうか分からないが。

我社としては、
・否応なしに事業を見つめなおす機会になる。
 ひいては事業改革、意識改革のチャンスではある。
・時間が無くて取り組めなかったことをやっつける機会。
 ただしロックアウトされなければ、だが。

個人的には、、、骨休めぐらいか。

各国、各企業に同じように降りかかる災禍、
まずは協力して乗り切ることが最優先だが、
筋肉質への脱皮には知恵比べのチャンスではある。

「インフルも、コロナも花粉も、ごちゃまぜだ」


コロナの影響



ノートパソコンの調子が悪くたまに立ち上がらない。
メールが見られなくなったらまずいし、
いろいろなオンラインツールも使えなくなってしまう。
急遽パソコンを買おうと量販店に向かった。
ひと月ほど前のことだ。

さんざん選んで、店員に持って帰れるか聞いたところ、
なんと在庫が無く入荷時期は未定とのこと。
新型コロナウィルスの影響だった。
その後の展開は報道されている通りだ。
パソコンが必要な人はみんな困っているだろう。

事は深刻、パソコンどころではなく、
経済活動全般に影響が広がっている。
我社もいろいろなところに影響が出始めている。
早く収まってほしい。
電車内で誤嚥もできやしない。
咳でもしようものなら、一斉に白い目が向けられる。

会社によってはテレワークや時差出勤を奨励しているとか。
ただこの対策、先々を考えると、収まったときに、
テレワークや時差出勤の癖が抜けない人も出るのではと、
余計な心配をしてしまう。

ところで、冒頭の私のノートパソコン、
若干古いタイプを探したら数日で入手できた。
今はぜいたくを言ってる場合ではない。
事なきを得たことで良しとしよう。

「“コロナ”って、生産すでに、終わったけど」

もっと先に行ける

規格外の野菜の利用が進んでいるようだ。
たいへん良い動きと思う。
規格外の野菜を低価格で買い取り、
料理や加工食材に使うという。
食品ロス回避の最上流の活動と言って良いだろう。

良い動きではあるが、まだ途中。
もっと先があるのではないかと思う。
美味しさの価値に形の差は無く、
安くする必要がなくなれば良いと思う。
そこまで目指したい。

同じ手間隙をかけて、同じ味を作り出し、
結果的に形が悪いだけ。
見た目が悪いから安くなってしまう。
安く買い取るというのは、
良い動きだがまだ途中と思う。

「チロリンの、かわいい村人、皆いびつ」


護送船団も有り



セキュリティ問題が深刻化している。
三菱電機に続きNECもやられた。
セキュリティ対策を提供する側の企業がこの有様だ。

思うに、セキュリティはもはや、
個々の企業に任せるレベルの話しではないだろう。
何せ相手は国家レベルなのだから。
どことは言わないが、国としてサイバー攻撃に力を入れている。

同じウィルスでも病気の原因の方は、相手はあくまでも病原体だ。
ウィルス撲滅に向けては、国際協力で封じ込めると共に、
個々の企業がしのぎを削ることで何とかなっている。
相手は人間の共通の敵だからだ。

サイバー空間のウィルスはそうはいかない。
国家対民間企業では勝ち目がない。
しかも民間企業はそれぞれ独自に開発するので、
力が分散される。
国家の方は将軍様や大統領の下、一丸だ。
喧嘩にならない。

かつての護送船団方式が批判されて以来、
国家が主導するケースが無くなった。
ことサイバーセキュリティの問題に関しては、
国家が主体となって企業連合を作ってよいのではないか。
サイバー空間のセキュリティはそれくらいの問題だと思う。

「買いたいな、ネットのウィルス、防ぐマスク」

インフラって



いろいろな場面で使われるインフラという言葉、
日本語では社会基盤ということになるようだ。
水道、ガス、電気、交通網、通信と様々だ。
IT業界では、システム構築を支えるサーバやルータ等を、
インフラと呼んでいる。

今回、通信にフォーカスしてみたい。
通信網(電話網)はかつて独占的に電電公社が整備し、
まさに公共社会基盤にふさわしいスタートだった。
一つしかないみんなのもの、という位置付けだ。
これが民営化され、第二電電が競合として出て来ても、
それでもまだ、公共社会基盤の雰囲気は続いていた。

その後インターネットが始まり、移動通信が普及し、
少し怪しくなってきた。
選択肢が増え選ぶ自由が与えられたし、
インフラに乗っかるインフラみたいなものが続々出てきた。

その結果がもたらしたのが、
社会基盤ではなく単なるサービスという感覚ではないだろうか。
特に後者、インフラ上のインフラは、
移動通信で言うMVNOみたいなものとか、
ネットサービスで言えばASPやSNSなども。
イオンモバイルを使うと、実は回線はドコモだったりauだったり、
FacebookやLINEを使う人は、"回線"なんて全く関係ない。

インフラとサービスの境が分かりにくく、
サービスをインフラとして使っているのが現実かも知れない。
この"境"と“責任”と“義務”はどうなっていくのだろう。
こと通信に関しては、もはや社会基盤は死語なのか。

「ややこしい、結局インフラ、なんやねん」


量子×AI=?



AIは“考える”わけではなく、
過去のデータとひたすら突き合わせているだけのようだ。
ただこのデータ数が尋常でないので、
その中の最も良い結果が得られたデータを選ぶことで、
人が経験に基づく判断をする以上の良い判断となる。

一方の量子コンピューター。
こちらは計算スピードが尋常でない。
もはや計算スピードはほとんどゼロ。
どんな数の計算も一瞬でこなしてしまう。
別に“計算”でなくても“突き合わせ”でも一瞬だ。
力任せにやろうったて無理!と言ってたことが、
無理じゃなくなるってことだ。

AIに量子コンピュータが利用できるとどうなるか。
過去の膨大なデータとの突き合わせを、
一瞬のうちに(=リアルタイムに)行ってしまう。
過去の膨大なデータを突き合わせて、
リアルタイム性をもって解答を提供してくれたら、
これは“考える”ことに近いことではないか。
創造とか芸術は無理だとも、あながち言えなくなるのではないか。
全てはデータがそろうかどうか次第だ。

過去の(&これからの)どういうデータを誰が入力するか、
という膨大な作業の担い手の問題と、
そのサンプルとするデータの範囲如何で、
中立性が左右されたりもする問題もある。
また、本当に“考える”ことが実現されるとしたら、
我々人間が考えたり工夫したりすることが少なくなり、
思考力が低下しやしないかというちょっと心配なこともある。
でも、AIに量子コンピュータが利用される世界も見てみたい。

「気がつけば、今日人間と、話したっけ」

メールにて



新年のあいさつに初めてメールを使ってみた。
数年前からいつから始めようかタイミングを計っていたが、
だいぶアドレスが分かってきたので今回決行した。
アドレスがまだ分からない人も居たので、
年賀ハガキとの併用になったが、
次回からはハガキを原則にしようと思う。

メールには挨拶文と共に、ハガキ裏面のpdfを添付する形とした。
メールによる方法としては最も原始的な方法かも知れない。
もっと良い方法がありそうだが、
実施を決断したのが年末の最終週だったので、
いろいろなツールを調べる暇が無かったというのが実情だ。

メール版にしてみて気がついたことがいくつかある。
まず、個別メッセージを入れやすいということ。
字の汚い私はたくさん書くのはおっくうなので、
ハガキだとどうしても少ない文字数で終わらせがちになる。
メールでは“書く”のではなく“入力”なので、
文字数はあまり気にならない。
相手のことを思い出しながら、自然なメッセージを入力できる。

更に、直前まで(12/31 23:59まで)準備が出来るので、
時間的な自由度がありプレッシャーが少ない利点もある。
もっとも、自由度があり過ぎるとダラダラしがちで、
結果として時間の節約にはあまりならなかった。

一方で、アドレスミス等の誤送信が怖いので、
非常に慎重になり何重にもチェックした。
このため、アドレスチェックに意外と時間がかかった。
ただし、一度送った人のチェックは次回はスキップできるので、
アドレスリストが確立できれば楽になるはずだ。

「何事にも挑戦」の今年の第一弾として、
「メール年賀状」が幸先の良いスタートになれば嬉しい。

「eメール、気軽さ逆に、面倒かも」